21章-1
翌日。
美冬は鏡哉が出勤した後、家事と自分の荷物の整理をした。
宅配業者が段ボール6個分になった荷物を運び出した後、高柳がやってきた。
「よく決心したね、美冬ちゃん」
「……はい」
美冬は静かに微笑む。
「ごめん!」
いきなり高柳が美冬に頭を下げてきた。
「えっ!?」
驚いた美冬が、訳が分からず慌てる。
「俺、前に『俺は美冬ちゃんの味方だから』って言っておきながら、こんなことになって……」
本当にすまなさそうにそう言った高柳の肩を押し上げる。
「やめてください。高柳さんはいつも私の見方でしたよ? 今回のこともきっと、私が高校を辞めるなんて言い出さなければ、ずっと鏡哉さんのお父様にも黙ってくれていたでしょう?」
「……しかし」
「私、鏡哉さんが大好きなんです」
美冬は恥ずかしげもなく言い切ると、高柳にニコリと笑いかけた。
「でも、今の自分はあんまり好きじゃない――」
美冬は困ったように少し首を傾ける。
「鏡哉さんに守られて、甘えてばかり。自分の意思を貫く強さもない」
「そんなこと――」
フォローしてくれようとした高柳を、美冬は首を振って止める。
「そして鏡哉さんも弱い。このまま私達二人きりでいたら、きっと駄目になってた……」
だからこれで良かったのだと、美冬は自分に言い聞かすように言う。
「君は本当に、強いな」
高柳がくすりとそう笑う。
「図太いだけですよ」
と謙遜する美冬に高柳が話を変える。
「そうそう、まだ内示だけど俺も社長にくっついてアメリカに行くことになったんだ」
「え!? わあ、良かったですね。これでまた鏡哉さんと一緒ですね」
美冬が手をたたいて喜ぶ。
「向こうは嫌がるだろうけどね。だから、社長の悪さは逐一報告するよ。ゲイだと言い張って悪い虫がつかないようにけん制しておくし」
「あはは」
声をあげて笑った美冬に、高柳の表情もほっとしたものになる。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。社長、今日は早く帰ってくるだろうし」
壁の時計を見上げて、高柳が辞去を申し出る。
「はい。わざわざ来てくださって、ありがとうございました」
「美冬ちゃん」
「?」
「今夜、社長に言うの?」
高柳は心配そうにそう尋ねてきたが、美冬は首を振った。
「絶対泣いちゃうから。最後は笑顔でお別れしたいし」
「そうか……」
少し俯いた美冬だったが、何かを思い出したように自分の部屋へと入っていった。
出てきた時、その手には白い封筒が握られていた。
「これ、鏡哉さんのお父様に渡していただけませんか?」
本当は郵送でお送りしようと思ってたんですが、と言う美冬から高柳は封筒を受け取る。
「わかった。確実に渡しておくよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、行くね」
「はい」
封筒を胸ポケットに仕舞った高柳を、玄関まで見送る。
「美冬ちゃん」
「はい?」
「元気で頑張ってね」
「はい、高柳さんも。鏡哉さんのこと、宜しくお願いします」
美冬はそういって深々と頭を下げた。
「任せておいて!」
高柳はそう言って胸を叩いてみせると、帰って行った。
「さて、と」
美冬は一つ大きく伸びをすると夕飯の支度をする為、キッチンへと消えた。
夕飯は鏡哉の好きなものばかりにした。
チキンの竜田揚げに、野菜の煮物、海鮮サラダにグレープフルーツのゼリー。
凝ったものではないが、美冬が出来る料理の中での鏡哉の大好物ばかりだ。
案の定、帰ってきた鏡哉は喜んで綺麗に平らげてくれた。
「お風呂入れますよ。お先にどうぞ」
そう言って食器を片づける美冬の背後から、鏡哉が抱き着く。
すっぽりと胸の中に納められ、美冬はくすぐったい思いで微笑む。
「一緒にはいろう? 夕食のお礼に背中流してあげる」
首筋に何度もキスを落としながら、鏡哉が誘う。
「え〜〜」
困ったように笑う美冬の手から皿を取り上げた鏡哉は、問答無用でバスルームへと美冬を連れて行った。
「本当に一緒に入るんですか?」
実は鏡哉と一緒にお風呂に入ったことはない。
いや、厳密にいうと抱かれて意識を失った美冬は、何度も鏡哉にお風呂で洗われているのだが。
恥ずかしくて俯いた美冬から、鏡哉はエプロンを外す。
キャミソールタイプのワンピースも脱がされそうになり、美冬は「じ、自分でぬぎます」と顔を真っ赤にした。
「ふ、じゃあ先に浸かっているから、ちゃんと入ってきてね」
鏡哉はさっさと服を脱ぐと、ジャグジーへと消えていった。