19章-2
そう訊ねてくる高柳の声が遠くに聞こえる。
美冬はもう一人の人物から目を逸らせなかった。
「こんな、子供を――?」
そう訝しげな表情をした初老の男性は、鏡哉と瓜二つだった。
高柳に支えられリビングのソファーへと促される。
美冬の向かいに腰を掛けたその人物は、自分の名を名乗った。
「新堂 鷹哉、鏡哉の父だ」
鷹哉の後ろに立った高柳が言うに、鏡哉が社長をしている会社とは新堂グループの中の数個の会社で、鷹哉はそのグループの代表取締役にあたるという。
そんな説明を呆然と聞きながら、美冬は自分のつま先を見ていた。
「……鈴木、美冬です」
消え入りそうな声で自己紹介した美冬には、俯いていても鷹哉がこちらを見つめているのが分かった。
「高校二年生だそうだね。と言っても、高校は退学するつもりらしいが」
「………」
凛と響く鷹哉の声に、美冬は静かに頷く。
「単刀直入に言う。鏡哉と別れてくれ」
いきなり言い渡された言葉に、美冬の肩がびくりと震える。
「会長!」
口を挟もうとした高柳を、鷹哉がぴしゃりと抑える。
「お前は黙っていろ」
「………」
口をつぐんだ高柳を尻目に、鷹哉は口を開く。
「一年半、一緒にいたらしいな。私は全く気づいていなかった。あれはめったに実家に帰ってこないからな」
こいつは初めから知っていたらしいが、と後ろの高柳を一瞥する。
「君のような18歳にも満たない子供を……いったいどういうつもりで――」
鷹哉はそうひとりごちて、大きく息を吐いた。
「半月前までは高校に通っていたのだろう、なぜ辞めようとする?」
「………」
急に自分自身に質問を振られ、美冬はぐっと答えに詰まる。
じっと押し黙る美冬に代わるように、高柳が口を開く。
「取締役……おそらく鏡哉様は美冬ちゃんを軟禁していました」
軟禁という言葉に、美冬がさっと顔を上げる。
「軟禁……だと?」
鷹哉の顔が厳しく歪む。
「………っ」
違うと否定しようとするのに、喉が詰まったように声が出ない。
「そうなんだろ、美冬ちゃん」
高柳が美冬の近く寄り、膝を折った状態で覗き込んでくる。
ふるふると必死に首を振る美冬の鼓膜を「馬鹿な……」という鷹哉の声が震わせた。
「軟禁――? あいつが、そんな――」
額に片手を付いて愕然とした表情をした鷹哉に、美冬は首を振ることしかできなかった。
「………っ!」
(違う、違う、私が、望んだ――
心の根底で私が望んだことを、鏡哉さんが実行しただけ!!)
三人の間に、重苦しい沈黙が下りた。
美冬が首を振るさらさらという髪の音だけがしていた。
なにが本当で、何が嘘なのか、混乱して分からなかった。
沈黙を破ったのは、鷹哉だった。
「申し訳ない……本当に申し訳ない!」
ソファーから立った鷹哉は、あろうことか美冬の目の前で深く頭を垂れた。
「………!」
いきなりの事に美冬は目を丸くする。
「あいつの犯した罪は、親である私の責任だ」
「謝らないでください!」
気が付くと美冬は泣き声のような声で叫んでいた。
その声に鷹哉がはっと面を上げる。
「や、やめて、ください……私も、望んだんです。鏡哉さんと、一緒にいたいって、そう望んだんです――」
頬を熱い涙が零れ落ちていく。
泣いたってしょうがないのに、涙が溢れるのを止められない。
「……鏡哉が君を軟禁してしまった理由について、私は心当たりがある」
鷹哉がおもむろに口を開いた。
「鏡哉は小学生の時、親族のものに性的虐待を受けていた」
「………………」
(……今、なんて――?)
ほうけた様に自分を見返してきた美冬から、鷹哉は苦しそうに目を逸らす
「発覚するのも早かったしカウンセリングにも通わせたから、中学生のころは立ち直った様だった。だが――」
鷹哉がそこで言葉を区切る。
「アメリカの大学に留学している時、中学時代から付き合っていた鏡哉の従妹が事故で亡くなった」
「………っ!」
美冬の胸がずきりと痛む。
両親の墓参りに行った時の鏡哉の表情を思い出す。
どこが、ここではない遠くを見つめる目。
あれは亡くなった彼女を見ていたのだ。