庶民なのです-6
そんなやり取りをしばらく続けている私達に、
「いらっしゃいませ」
と、耳当たりのよいテノールの声が背後から聞こえてきた。
咄嗟に直立不動になった私達が、なんとか振り返れば、蝶ネクタイにベストを合わせた30代後半くらいの、やや小太りのウェイターがにこやかに微笑んでいた。
私達は客だから、堂々としてればいいって頭にはあったんだけど、この店構えが、ウェイターの貫禄が、私達をそうさせてくれなかった。
気をつけの姿勢のまま、
「あのっ、よ、予約させて頂きました、小野寺と申しますっ」
なんて、どもりながら話す私と、
「小野寺様、お待ちしておりました」
と、優雅な動作でお辞儀をするウェイター。
これじゃあどちらがゲストかわかんない。
隣の輝くんは、気をつけの姿勢のまま固まっていて、完全に空気だし。
今ほど輝くんが情けないって思ったことはなかった。
「それでは小野寺様。お席をご案内致します」
一方、ウェイターはさすがプロって感じで、こんな田舎者丸出しの夫婦にも慇懃な接客を行ってくれる。
そんな無駄のない動作でエスコートしてくれるウェイターの背中と、私のワンピースの腰の辺りを掴んで恐る恐る歩く輝くんの横顔を交互に見ている内に、深い溜め息が自然と出てくるのだった。
◇
やっぱり一流ホテルはレストランまで一流だ。
ウェイティングルームを過ぎて案内された店の広いことったら。
大きな窓は徹底的に磨かれて、街を一望できる。
内装も、赤がこのレストランのテーマカラーなのか、エントランスから続く深紅のカーペットに、落ち着いた深みのあるワインレッドのテーブルクロスに、ふかふかと座り心地の良い椅子。
赤を基調にしたインテリアって、騒がしいイメージがあったけど、ここは高い天井と、間隔を広く取っているテーブルのせいか、すごく落ち着いた上品な印象を受けた。
うん、やっぱり一人5千円なだけある。
着いた席からすぐ横を見れば、広がる高層ビル群と、透き通るような青空。
これは、デートには最適なシチュエーションだよね。
目の前では緊張のあまり一気にお冷やを飲み干す輝くん。
さっきまでの情けない姿には目を瞑って、気持ちを切り替えなきゃ。
心の中でそう意気込んだ私は、彼につられたようにお冷やをクッと飲み込んだ。