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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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4. Speak Low-9

 早智が助手席のドアを閉めながらケタケタと笑う。
「俊くんと幸くんは?」
「俊久は少年野球の練習。昼に帰ってくんじゃないかなぁ。幸久は何か朝から遊びに行った。カードの束持って」
「カード?」
「昨日お父さんがスーパーのオモチャんとこでたっくさん買うてやったらしいんだ。なーんか幸久の口車に乗せられて」
 困った笑いで早智が言うと、
「はぁ? 父ちゃんまたそんなことしてんの?」
 と呆れた声を漏らした。
「だなぁ」
 と言って兄は車のエンジンをかけてハザードを落とすと軽バンを発進させた。
 部屋で夕飯を食べた後、悦子はクッションの上にあぐらをかいてテレビを見る平松の傍らで、首にまとわりついて彼の匂いを嗅ぎ、目線と口づけで「まだですか」と訴え続けていた。テーブルの上には首輪が置かれているが、手に取ろうとはしてくれない。素知らぬ応対をされて、わざとそうされて焦らされているのだとは分かっていても胸の疼きを強めて待っていた。首輪の隣に置いてあった携帯が震え、邪魔をされて顔を顰めたが、画面には珍しく『兄ちゃん』と表示されていたから、何だろうと思い、平松の方へ唇の前に人差し指を立てて見せてから電話に出た。
「……おー、悦子」
「なに? 珍しいね」
 家族内での連絡事項は義姉からやってくることが殆どだったから、兄の方から連絡してくることはかなり稀だった。少し嫌な予感がした。
「まぁ、ちょっとお前にも伝えとこうかと思って」
「えー、なに? 変な話やだよ?」
「いやぁ、大した話じゃないら。あんな……」
 兄は一呼吸置いて、「昨日、親父が足場から落ちてケガしたんだ」
「えっ!!」
 悦子は兄の言葉に正座に座り直したが、
「いや、大したことない。片方の足首にヒビ入った程度で、病院通えやあんじゃない」
 と兄が続けたので、
「なん、ビックリさせんでよ」
 と悦子は長く安堵の息をついて言った。兄につられて思わず地元訛りのイントネーションが出てしまって目だけ平松に向けると、案の定微笑んでいて恥ずかしくなった。
「歩けるの?」
「ちょっと引きずってる感じだな。杖使えっつっても、使わんもんで痛いの痩せ我慢してんじゃじゃないかと思うんだけどな。何にせ歳とるとくっつきにくいらしいから長引くだろ」
「そう……」
 悦子は自分を殴りまくってきた父親が怪我で身を不自由にしている姿が想像できなかった。電話やメールでは連絡をとっているが、横浜からは距離的には近いわりに辿り着くまで時間がかかるから何だかんだで盆正月は横浜に留まり、もう五年も面と向かって父親とは会っていなかった。今年のGWは、そうだ、まだ彩奈の一件がある前、デレデレと平松と丸一週間を過ごしたんだった。昔は職人気質が物質化したかのような隆骨の体躯だったから、今も静岡でその姿のままいるものだと思っていたが、怪我をしたと聞くと少し心配になる。
「親父、歳取った」
 悦子が感慨に耽っていると兄がそう言った。兄も同じ思いを抱いてるようだ。もう62?、3? 悦子の会社であればとっくに定年している。それがまだ作業着をきて現場に出向いているのだ。あまり聞いてはこなかったが、実家の経営状況はどうなのだろうか。同じ建築関連の業界に身を置いていれば、決して安泰とは言えないだろうことは容易に想像がつく。
「うん……。暫く休ませて、何ならこのまま兄ちゃんが継いじゃったら?」
「そうしてもいいと思ってるけど、それを言ったら殴られるぜ?」
 兄が苦笑してから、少し真面目な声になって、「でも、足場から落ちたのは親父にとっては痛かったと思う。骨がどうとかじゃない、精神的にな」
「プライド?」
「そう。このまま一気に老いちまうんじゃないかって心配だ」
 兄の言葉が悦子の中に起こった心配に上乗せされて心を澱ませてくる。「なぁ、悦子。忙しいかもしれんけど、ちょっと一度帰ってこいよ」
「うん……」
「お前は外に出てるから、親父もおふくろも歳考えたら、もう面と向かって会うのは何回もねえ。おっ死んじまったら会いたくても会えねえんだぜ?」
「……わかった。時間見つけて……」
 そんなこと言わないでよ、と少し目頭が熱くなってくる。時間を見つけて、などと言っていたら結局帰れないかもしれない。「今週末、帰るようにするよ」
「そうしろ。母ちゃんに言っとく。ほいだらの」
「うん……」
 沈んだ気持ちになって電話を離して切ろうとしたところへ、
「あ、悦子、ちょい待て」
 と兄が呼び止める声が聞こえてきた。
「え、なに?」
「……お前、つきおうとる奴いるんか?」
「な」
 悦子は平松の方を見た。テレビのボリュームを下げて、悦子の話を聞いているのか、それとも気を遣って聞かないようにしてるのか、目線は合わなかった。「……お、おるよ……」
「そうか。結婚するんか?」
「そんなの、わからんよ!」
 お国訛り丸出しで狼狽えた悦子は、平松がまた微笑ましくこちらを見てきたから、口を塞いだ。
「お前、なにしとんら? そんなんだら、その歳になってもまだ独身だ」
「ほっといてよ」
「いや、ほっとかん奴もおるぜ。こないだ佳子おばちゃん来てな? 遂に見合い写真持ってきとったぞ」


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