4. Speak Low-31
「……見てしまったんです」
彩奈が静かに言う。「私の彼氏、大学時代からずっと児童福祉のボランティアやってまして……。こどもの国でイベントがあったので私も行ったんです」
平松の話から急に彼氏の話。
どうしちゃったんだろ、この子。かなり混乱してるのかな、と訝しんだ悦子だったが、
「昨日です」
という彩奈の言葉に、
「え」
と一瞬固まった反応を示してしまった。
ああ、うん、東急こどもの国線ていうの、あるよね。長津田発。
「彼氏と電車に乗ってたら……、その道沿いで、平松さんが」
道沿いで、……ああ、うんうん、何してたんだろうね。でも日曜日、休みの日に何してようが別にいいんじゃん、何見たのかはしらないけど。
「……そうなんですか? チーフ?」
真摯な顔で見上げられる。
「そうなんですか、って、何?」
なんでわざわざ応接室に呼び出してしまったんだろう。デキる上司を標榜してカッコつけて呼び出したくせに、変な汗をかかされている。
「チーフが聞いてこられたショップの服……、私も最近見に行きましたからすぐに分かりました。……権藤チーフが、道で、その、平松さんと」
「あ、うん、いい、……ストップ」
耳が熱い。
ちょっと待って、平松先輩と上司の権藤チーフが付き合ってるの知ったら、そんなミスしでかすほど狼狽えること?
式場を探し、日取りが決まったら部長に報告するつもりだった。最近血圧を気にしているらしいから、なるべく調子がいい時を選んで。社内恋愛が禁止されているわけではないが、悦子と平松がデキていたということになれば部長としては色々気にすることもあるだろう。それにしても、まだ入社して数カ月の彩奈ですら平松と自分のことを知ってここまで業務に影響が出ているのに、古くから知っている連中が聞いたらどうなってしまうだろう。組織パニックにより事業停滞なんてことにはならないよね?
「……、その、そういうことなんだけどね、もうちょっとの間、黙ってて」
事業が滞ろうが知ったこっちゃないわ。悦子はスカーフの乱れが気になって、中を彩奈に知られぬように指で直し、少し低い威圧の声で言った。
「あと、線路沿いで何してたかは、一生黙ってて。いい?」
彩奈は息を呑んで真面目に頷いた。そん時わたしがどんな顔をしていたかも忘れろ。