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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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4. Speak Low-15

「……で? 悦子。なんや」
 父親が悦子の方を向いた。なんや、って、なんだよ。過去に殴られまくった記憶を呼び覚ましながら、
「あ、あのね、お父ちゃん」
 とゆっくり言い聞かせるように、「その……、こちら、平松さん。つ、……付き合ってる」
 最後に殴られたのはいつだったか。もうゆうに十年以上昔のはずだ。いくらこの父親とて、三十を超えた娘に手を上げるということはないだろう――、そう思って気づいた。ということは、それと引き換えに鉄拳を食らうのは、隣に座っている憐れな同伴者になるのかもしれない。
「お、お父ちゃん、あ、あのね……」
 口を結んでこっちを見ている父親へ悦子が何か言おうとしたところで、平松が急に大きな声で、
「ひ、平松、翔太といいますっ。え、悦子さんと、け、結婚を前提にお付き合いさせてもらっていますっ」
 とまっすぐ前を向いて言った。どれだけ勇気を振り絞ったんだ? 悦子は萎縮していたかに見えた平松が、まだ緊張に強張りながらも父親の方を見ている様子を驚きの目で見た。そして平松の言ったことを反芻する。結婚を前提に、結婚を前提に……、確かにそう言った。噛みしめていくごとに、きゃあと嬌声を上げて、翔ちゃん、と平松に抱きつきたい衝動にかられたが、父親を前にそんなことをしでかしたらそれこそ本当に三十を超えてぶん殴られてしまう。悦子は正座をしたまま高鳴る鼓動に呼吸を乱しながら父親の反応を待った。
「結婚を前提に、って……、結婚を前提にせん付き合いなんてあるんけ?」
 静かにドスが効いた声で言う。そんな言い方ないんじゃない? 平松が勇気を出してくれたことへの喜びが、心ない父親の回答への怒りをより強くさせていた。
「お父ちゃん!」
「しかしまあ、物好きだな」
 父親がくっと笑って悦子の方を向いた。母親といい、幸久といい、自分をなんだと思っているんだ。家族はどう思っているかは知らないが、横浜ではそれはそれは美しさを讃えられることを分からせてやりたい。
「私だってねー……」
「こんな丸こい男、どこがいいんだ?」
 お前はそっちか!
 悦子は膝をついたまま腰を上げて座卓に両手をついて、父親が知らぬ娘の持て囃されようを伝えようとした勢いをそがれた顔を見上げられる。
「……お父さんっ!」
 急に平松の声が聞こえた。振り返ると、平松が座布団からにじり降りて畳の上に這いつくばっている。「お、お嬢さんを、僕にください! ……大切にします! 一生をかけて大切にします!」
 ガシャン、と襖の向こうからけたたましい音が聞こえた。父親の茶を持ってきた早智が中から聞こえてきた平松の言葉に廊下にひっくりかえしてしまった。あらあらという声とともに廊下が騒がしくなる。
「そりゃ、どういうことだら?」
 父親が立てた膝に肘を乗せて平松に問う。その座り方は完全にカタギの人間には見えない。平松がパニくってしまった。そりゃそうだ、恋人のヤクザ顔負けの父親に丸こいなどと否定的な言葉を吐かれたら無理もない。
「もぉっ! お父ちゃんっ」
 殴られたってかまうものかと、悦子が父親を非難しようと声を上げたところへ被せるように、
「お嬢さんと……、え、悦子さんと結婚させてください。必ず幸せにします!」
 と再度叫んだ。いやいや翔ちゃん、先走りすぎだろ? 何でも言やいいってもんじゃないよ?
「いつするつもりだ?」
「そ、それは、悦子さんとも相談ですが、な、なるべく早くしたいと思っています」
「平松さんよ」
 相変わらず低い声に笑みを含めて、「この工務店狙ってんなら残念だが、もう次の次の代まで決まっとるで? こないだ下の孫がよ、『兄ちゃんはメジャーリーガーになるけど、俺が工務店継ぐから安心しろ』って言ってくれたんだ」
 あー、父ちゃんそれで幸久にカード買ってあげちゃったんだ。すごいな幸久、その人たらしの能力はまさに商売向きだよ。
「いえ、そんなことは露とも考えていません!」
 そんな、露ともなんていつの時代の言葉だよ。「……僕はただ、悦子さんと結婚がしたいんです」
「そうけ。……まあ、そういうことならよ」
 父親はポンと膝を打って大きな声で笑った。「くれてやらぁ。これでも権藤工務店の社長令嬢だで?」
「あ……、は、……はいっ!! ありがとうございます!」
 破顔一笑、平松が平伏する。ああ、よかったね、翔ちゃん。お父ちゃんも笑ってくれてるし、これで……、ん?
「ちょっと!」
 悦子は座卓を叩いて平松を見た。ん? という顔を向けられる。いや、ん?、じゃねぇよ。
「順番ちがう!」
「じゅ、順番……?」
「そういうのは、ちゃんと私にプロポーズしてからにして!」
「えっ?」
 てっきり平松が思わずパニくってしまったことを恥じて、ごめんね、と言ってくれるものだと思っていたが、悦子の詰め寄りに意外な顔を向けてきた。
「……ん?」
「え?」
「……ええっ?」
 平松はどう見ても、ちょっと話が違うんじゃないか、という顔をしていた。悦子は眉間に皺を寄せて暫く考える。だが最早悦子がパニック寸前だったから、落ち着いて考えるべくもなかった。


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