7章-2
不思議に思ってそのままリビングへと出ると、ダイニングテーブルの上に一人分の朝食が用意されていた。
メモが一枚添えられている。
『朝食食べられるようなら、食べて。学校は無理せず休みなさい。 鏡哉』
「鏡哉さん、帰ってきてたんだ……」
テーブルには鏡哉特製のオムレツが乗っている。
ぐ〜〜。
現金なお腹の虫が鳴く。
「いただきます」
美冬は朝食を食べながら、昨日リビングで寝てしまったであろう自分を部屋まで運んでくれたのは鏡哉だと悟り、顔を真っ赤にした。
(帰ってきたら、お礼いおう)
早く夜になって、鏡哉に会いたい、そう思いながら美冬は学校へ行った。
しかし、その美冬の願いは叶わなかった。
(どうして――?)
「どうして私を避けるの、鏡哉さん……」
あれから三日。
夕飯を作っては鏡哉を待ちリビングで寝込んでしまい、気が付くと朝、自分の部屋で寝ていることが続いている。
唯一の救いは、鏡哉が美冬の作った夕食を食べてくれていることだけだった。
自分のせいで鏡哉が帰ってこないのだという自己嫌悪でとぼとぼと学校の昇降口を出た美冬は、校門のあたりに人だかりが出来騒がしいのに気づくと、おもむろに走り出していた。
(鏡哉さんだ! きっと鏡哉さんが迎えに来てくれたんだ!)
立ち止まる生徒たちの隙間を縫って、なんとか校門までたどり着く。
しかしそこに立っていたのは高柳だった。
「……鏡哉、さん、は……?」
かくかくと人形のように口を開いた美冬に、高柳は小さくかぶりを振った。
全身の血が下へと引いていく感じがした。
その後、どうやってリムジンに乗ったのか覚えていない。
気が付くと高柳と美冬は、部屋に入っていた。
「一体、何があったの美冬ちゃん。社長はここ数日夜遅くまで残業していたと思ったら、朝いちで出社してくるし。君はこんなだし――」
「……すみません」
「美冬ちゃん?」
うつむいてしまった美冬に、高柳が片膝をついて顔を覗き込む。
その高柳の頬に、ぱたりと雫が一滴降り注いだ。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 私が、私が悪いんです――!」
美冬は子供の様にしゃくりあげて泣いていた。
優しい高柳はそのまま肩を貸してくれて美冬が泣き止むまで待っていた。
しかし泣き止んだ美冬は高柳が手を変え品を変え理由を聞き出そうとしても、ただ「自分が悪い」と言って決して答えようとしなかった。
高柳は「あのバカ社長を説得するから、待っていて」と言って、自分の携帯番号を置いて帰って行った。
しかしその後、鏡哉は一度もマンションには帰ってこなかった。
いや、鏡哉のウォークインクローゼットの中身が減っていることから、きっと鏡哉は美冬のいない時間を狙って部屋に戻ってきているのだろう。
毎日夕飯を作っては翌日に捨てることを繰り返していた美冬は、これ以上ないほど打ちひしがれていた。
(私はなんて馬鹿だったんだろう、愚かだったんだろう……鏡哉さんをこんなに苦しめているのに気付かずにいたなんて――)
「鏡哉さん……」
広いメゾネットの部屋に美冬の声が響く。
ここはこんなにも広くて寂しい部屋だっただろうか。
鏡哉が居たときは気づかなかった。
なぜなら鏡哉はいつも美冬をからかい、褒め、温かく包んでくれていたから。
その鏡哉の気配がない部屋は、こんなにも空しい部屋だったのだ。
(ここは、鏡哉さんの部屋なのに――)
「……私がいちゃ、いけないんですね?」
美冬は膝から床に崩れ落ちた。
目頭が熱くなり、視界がぼやける。
涙が止まらない。
鏡哉に会う前、両親を亡くして一人で生活しているときでさえ、こんなにも泣いて暮らしたことはなかった。
涙が枯れてこれ以上出ない、そう思えた数日後。
美冬は高柳の携帯電話の番号を押していた。