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籠鳥 〜溺愛〜
【女性向け 官能小説】

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5章-1


「――さん、鈴木さん?」

 遠くから誰かが自分を呼ぶ声が聞こえ、美冬は顔を上げた。

 斜め前に立った数学の教師が、少し呆れたような表情で美冬を見つめている。

「あ、は、はい!」

「今は数学の授業中だけど、なんで君は一時間目の英語の教科書を開いているの?」

 教師に指摘され手元を見ると、言われた通り一限目に開いたままの状態だった。

「す、すみません……」

 慌てて教科書を変えると、教師は黒板のほうへ行ってしまった。

 周りの生徒たちはくすくすと笑っている。

(は、恥ずかし……)

 美冬は肩をすくめ、ちじこまった。

 昨日――。

 鏡哉に「愛おしい」と言われて以降、美冬の心はここにあらずだった。

 朝は卵焼きに入れる塩と砂糖を間違えたくらいだ。

(愛おしい……いとおしい……う〜〜ん、分からない)

 「好き」ならともかく、異性から「愛おしい」なんて言われたことのない美冬には、その言葉の意味することが分からない。

(愛おしい=好き? なのかな?)

 鏡哉が自分を女性として好き――。

(ま、まさか! 私と鏡哉さんは9歳も年が離れているのに、相手にされるわけない。それに私、こんなだし――)

 美冬は自分の子供っぽい体を見つめて嘆息する。

(ってなんで、しゅんてしてるのよ私! 鏡哉さんはただの雇用主なのに!)

 美冬は手にしたペンでぐるぐるとのの字を書く。

(そういえば今まで考えたことなかったけど、鏡哉さんって彼女いないのかな?)

 意地悪だったり優しかったりで性格に少し癖はあるもの、外見はモデルのようだし、やっぱり鏡哉は素敵な人なのだろう。

 そんな彼が一年以上彼女が不在とは思えない。

 現に伊集院麗華は鏡哉に気があるようだったではないか。

(考えていたらどんどん落ち込んできた。って、だからなんで落ち込むのよ、私!)

 また教師が美冬の様子に気づいて近づいてきていたが、ぐるぐる考え込んでいる美冬は気づかない。

(私……もしかして、鏡哉さんのこと、す――)

「鈴木さんっ!! いい加減、授業に戻ってきてくれない?」

 耳の横で大声でそう言われ、美冬は文字通り椅子の上で飛び上がった。

「す、すみません!」

 教室がみんなの笑いに包まれた時、タイミングよくチャイムが鳴った。

 笑いが止まらないとは、こういうことを言うのだろう。

 鏡哉の第一秘書、高柳は自身の主を横目で伺い嘆息する。

 現在は週末の役員定例会議。

 いつもなら難しい顔をしてそれぞれの報告を聞いている鏡哉が、今日に限っては一分に一回にやけている。

 最初に気付いたのは高柳だったが、時間が経つにつれ徐々に役員達も鏡哉の様子に気づき始めたようだ。

 数人の役員が当惑した表情で社長をちらちらと伺っている。

(どうせ、美冬ちゃんと何か良いことがあったのだろうが――)

 高柳は鏡哉が溺愛している美冬の顔を思い浮かべる。

 一年少し前「子猫を拾った」と社長が楽しそうに言った時、高柳は直感で「彼女ができた」のだと感じ取った。

 しかし数日後に高柳が目にしたものは、本当に子猫のような女子高生、美冬だった。

 小さく華奢すぎる体に、人形のように大きな瞳の整った幼い容姿。

 人目を引く子供だったが、確かに鏡哉の「彼女」ではないと思った。

 不幸な事故で両親を失った美冬は雇い主である鏡哉に従順で、いつも瞳をキラキラと輝かせて鏡哉に付き従っていた――そう、本当に子猫や子犬のように。

 それから一年経っても二人の関係は変わらないようだったが、今日の鏡哉の様子から、高柳はついに二人は結ばれたのだと感じ取った。

(これからより一層、気を付けなければならない。社長が淫行罪で捕まらないように――)

 半分冗談、半分本気で高柳はそう思う。

 鏡哉の声が聞こえて視線を移すと、本人がインドの現地法人との合併について説明を始めていた。

 この会社はファミリービジネスで創業者一族が歴代の経営権を持っている。

 アメリカの大学をスキップで卒業しMBAを取得した鏡哉は、社長として就任した当初、どの役員からも「お飾り社長」と思われていた。  

 しかし、一切の妥協を許さない経営方針や自身のカリスマ性でもって、鏡哉はすぐに社長として当社役員のみならず、財界からも認められることになる。

 一方でその経営のせいで敵も作りやすい。

 せめて美冬が大学に入るまでは二人の関係を外に漏らしてはならないと、高柳は帯を締め直す思いだった。

 会議が終了し、鏡哉が社長室へと戻る。

 席に着いた途端、鏡哉の頬が緩むのを見て、高柳は遠まわしにせず直接的に忠告した。




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