崩壊-2
全ての準備が整い、男は封筒からメモリを取り出した。犯人の指紋が付いているかもしれないとハンカチにくるんで慎重に。
そしてスロットに差し込み、中身を確認する。
メモリの中にあったのはMP3…音声ファイルが一つだけ。
すぐにでもダブルクリックしたい衝動を抑え、ウイルスチェックを行う。結果は異常なし。
息が浅く、早くなる。
鼓動は自覚できる程に大きくなっていた。
男はゆっくりカーソルを動かし、震える指でそのファイルをクリックした。
メディアプレーヤーが起動し、パソコンに接続された外付けスピーカーから音か聞こえてくる。
『はぁ…あっ…』
女の喘ぎ声。
ドクン!
男の心臓がひときは大きく脈打った。
それは想像した通り、最悪の響きを持って男の聴覚を刺激した。
自室のパソコンの前に座り、石のように固まっている男にとって、その声は非常に聞き慣れた声。聞き間違えるはずも無い。12年…知り合ってからは15年間、その声を聞かない日はなかったのだから。
『はぁ…あぁ…あっ、あん…』
音量は決して大きくない。しかし、はっきりと分かる女の嬌声。それは間違いなく、男女のセックスを録音したものだった。
“恵…恵なのか?”
全身が聴覚器と化したかの様に耳をそばだてる男。
スピーカーからは絶え間なく女の声が流れ出ており、それは徐々に大きくなっていった。
『あぁぁいっ…い…いい…いいっ…』
聞き始めてから数分。よほど気持ちがいいのだろう。女はその良さを口にしだした。
“やられているのか?チンポを突っ込まれているのか!?”
一糸纏わぬ妻の肢体が脳裏に浮かぶ。
あの華奢な体…細くて小さい恵の身体が誰とも分からぬ男に組み敷かれている絵が脳裏をよぎる。
“ウソだろ…そんなはずないよな…”
妻が浮気などするはずがない。
だとすれば、何者かによって無理矢理犯されているに違いない。
しかし…この声は…
『あぁん…いい…はぁ…あぁ、いい…いいっ!』
真剣味を帯びたよがり声。
それは次第に切迫したものになっていく…。
“やめてくれ…やめてくれ…”
自分以外の男に抱かれ喜びの声を上げる恵…その絞り出す様な「いいっ」という言葉が容赦なく心臓に突き刺さる。
その台詞は過去の情事全てを振り返っても、ただの一度も聞いた事がないものだった。
そして訪れる崩壊の時。
『いいっ、いいぃっ!、いく、いくっ!いくうっ!!』
男はきつく目を閉じて、破裂しそうな己が胸を強く掴んだ。
『いっくぅぅーっ!!!』
部屋を満たす絶叫。
それはまごうことなき絶頂の宣言だった。
恵は…あの夏の日差しのように輝く笑顔を持つ我が妻は…自分以外の男のチンポにマンコを突かれ、これ以上無いほど派手にイッたのだ。
最愛の妻はその身体を他の男に『美味しく』貪られていた。
「恵…」
途方もない嫉妬心と言いしれぬ敗北感に襲われながら、他の男の手に落ちた己が妻の名を呆然と呟く男…。
その耳に、最後の音が聞こえてきた。
『ゴ・チ・ソ・ウ・サ・ン』
合成音声によるその声は、簒奪者の底知れぬ悪意を孕んでいた。