叔父・水越四郎B-2
圭都は一旦、奥の部屋に引っ込んで、ピンクのエプロンを着けてきた。手にはビデオテープを持っている。
「美智子さん、焼きそばの麺、細麺でよかったですね」
「ええ、ありがとう」
圭都はカウンターの中に入った。美智子はスーパーの袋から麺や紅生姜を出して片付けていた。
「四郎さん、『フランダースの犬』って悲しすぎますね」
圭都の瞳を愁いを帯びていた。四郎はアニメ「フランダースの犬」のビデオを受け取った。
「そうか……。確かに悲しい話だが、最終回、ネロやパトラッシュが天に召されていくシーンは妙に感動的だったなあ。テレビで放送された当時、俺は高校生でね。小学生の妹が『フランダースの犬』のファンでね。妹につき合わされて、毎週観てたんだ」
「そうですか……」
会話が途切れそうになったので、四郎は「ウルトラマン」の話に入った。バルタン星人やジャミラについて熱弁を振るった。圭都は瞳を輝かせて聞いていた。クリクリっとした瞳。汚れ(けがれ)を知らないであろう小さな唇。まるで少女のようだ。
「こんばんは」
中年の男が店に入ってきた。浅黒い顔の色、髪の毛はボサボサ。着古したジャンバー。男は、ふうっと溜め息をつくと、四郎の席からひとつ空けた場所に座った。
「もとおさん」
男に呼びかけた圭都の声は弾んでいた。
「圭ちゃん、真理子さんに許しを得て、様子を見にきたんだ」
「ありがとう」
圭都は、もとおという男につきっきりとなった。男が仕事での失敗談を話すと、圭都は真顔で慰めた。
二人はまるで気持ちが通じ合っているようだ。悔しい。
しばらくして、三十代と思われる男性ふたりが入ってきた。圭都は、男性ふたりの相手をし始めた。四郎と圭都の距離は離れていく。
美智子が、四郎の前に置いてあるアイスペールを見にきた。氷がなかったので補充する。
「四郎さん、こちら、圭都ちゃんのご親戚。大学時代はこの方のおうちに下宿していたのよ」
「そうですか……」
「あっ、初めまして。坪井基郎です。吉祥寺です」
「こちらこそ。水越四郎です。新宿区中井というところにおります」
「中井ですか。風情のある街ですな。警備の仕事で一度行ったことあります」
「風情ですか。それほどでもありません」
美智子は、新しいソーダの瓶を持ってきた。
「美智子さん」
「はい?」
「俺、今日、高円寺駅前でレイちゃんを見かけたんだ。お洒落して、ピンクのコスモスを持っていた……。悪い男に騙されていなければいいが……」
「四郎さん、心配いりませんよ。レイは中学時代の担任のところに行ったのです。渡部紀夫さんといって、まじめな方です」
「わたべのりお……。そうでしたか」
「焼きそば一つ」と声が掛かった。美智子は奥まったところにあるキッチンに――。
三原レイはやはり、男性と会っていた。心配だ。教師といえども信用ならない。
「水越さんって、なんとなく矢沢永吉に似てますなあ」
ほろ酔い加減の坪井基郎が話しかけてきた。四郎は「はあ」と生返事する。
うわの空になっていた。