ハードル-2
平日の放課後、午前中に連絡し校長のアポを取って、千尋の通う高校へ向かった。校門で千尋と待ち合わせ、千尋のクラスの1-Aの担任と校長を交えて1月後に結婚することを相談した。
白石麻都香(しらいしまどか)と名乗った若い女の担任教師は、突然のことにオロオロするばかりで可哀想だったが、タヌキのような校長は堂々としていた。
その校長が、まだ若いことを理由に卒業まで待てと当たり障りの無いことを言い、それでも結婚したいなら学校を退学して欲しいとまで言われた。
「佐々木さんと仰いましたか。学校にも内規が有るんですよ」
校長が舐めるような視線を向けながら尊大に言った。
オレはその態度に腹が立ったが、千尋の立場を考えて気持ちを抑えた。オレは淡々と、民法と日本国憲法を楯に、誰もが享受できうる『結婚』という法律行為において、勉学をする権利を奪う理不尽さを指摘した。
これは学校の内規といった小さな枠で計れない問題であり、人権を無視する校長の発言は、法治国家の教育者としては考えられない野蛮行為だと訴えた。
それでもまだグズグズと言い出す校長に対して、もし、この法律行為で退学といった人権無視にあたる判断を学校が下した場合、学校及び、校長に対して然るべく法的措置を取らざるを得ないと言って、実家の顧問弁護士の名刺を差し出した。
教育者に法的措置を訴えれば怯む。尊大な者で有れば有るほどそれは顕著だ。
それを淡々と冷静に話す者から言われた校長は、案の定、態度を急変させた。尊大な態度を改め、オロオロしながら、取り敢えず自分では判断が付かないので、教育委員会に相談させて欲しいとのことだった。
「千尋、ちょっと席を外してくれ。お前が居たら先生も話し難いだろう」
余り教師のオロオロする姿を千尋に見せたくない。千尋は素直に肯いて席を立った。千尋が出てから改めて結婚を急ぐ理由を校長に伝えた。
「わ、わかりました。そういう事情でしたら、私からも教育委員会に同意を促せます」
校長から言質を貰った。取り敢えずこの日は教育委員会からの返事待ちとなった。
「浩太にい、かっこよかったあ」
肩を並べて校門をを出ると同時に、千尋がオレの手を繋ごうとしながら言った。
「こら、こんなところで手を繋ぐな」
オレは慌ててその可愛い手を振り払った。回りには下校中の生徒がチラホラ居たからだ。恋人贔屓だと言われそうだが、可愛い千尋は目立った。この中には千尋を知る者も居ることだろう。
「え〜、どうしてだよう。あたしは浩太にいのフィアンセだよ」
恋人が出来たらみんなに見せたい。若い女の心理から来る行為だと思うが、オレがその行為を拒否したら案の定千尋が剥れた。
「あのな、誰が見てるかわからないんだぞ。今は学校を刺激をしたらダメだ」
オレは剥れる千尋を諭した。
「そうよ、イチャイチャするなら帰ってからにしなさい」
突然、後ろから声を掛けられた。振り向くと、さっき同席していた千尋の若い担任教師の白石先生が微笑みながら立っていた。
「先生!」
千尋が白石先生に駆け寄り、オレはその場で会釈した。
「佐々木さんの仰る通りよ。今は出来るだけ大人しくした方がいいわ」
「ほら、先生も言ってるじゃないか。先生、先程は失礼しました」
白石先生に歩み寄ったオレは、改めて頭を下げた。
「イエイエ、こちらこそ突然のことでオロオロしちゃって。こら千尋ちゃん、こんな大事なこと、前もって先生に言ってくれないとダメじゃない」
大学を出て2、3年か、若い白石先生が親しみを込めた目を向けながら千尋を諭した。
「先生の立場、悪くなった?」
「あたしの立場なんて気にしなくていいのよ。前もってわかってたら、もっとフォローできたかもしれないじゃないの」
千尋が心配そうに言うと、白石先生は少し怒ったように返した。
「えっ、先生、応援してくれるの?」
「シーッ、大きい声出さないの。立場的に是非しなさいとは言えないけど、もちろん応援するわよ。」
「きゃー」
千尋が白石先生に抱き付いた。本当に自由奔放なヤツだな。
「こらこら、離しなさい。きゃー、どこ触ってるの、やあん、早く離せ千尋」
千尋がここまでなついている。初めに受けた白石先生の印象と異なり、かなり好感が持てた。