動揺の果てに迷走する想い-4
墓場の駐車場に止めた車に入り、びしょ濡れの体を温めるためにヒーターの温度を高くした。
車を移動させる前に、先ずは千尋から慎吾に連絡を入れさせた。
「お父さん?心配掛けてごめんなさい。………うん、大丈夫。………お母さんの夢を見てた。………そうなの?………うんうん。………うん、そうする」
千尋は慎吾としばらく話した後で、つながったままの電話をオレに差し出した。オレも二言三言と慎吾と言葉を交わした。慎吾の安堵の声を聞いてから千尋に電話を返した。
オレから電話を受け取りながら、千尋がつぶやいた。
「変な夢を見たの…」
墓場で寝ていた時に、千尋が見たという夢にオレは興味を覚えた。また、それを話せば千尋も落ち着くんじゃないかと思った。オレはしばらく車を動かさずに、駐車場に止めたままで、その夢の話を聞くことにした。
「夢の中でもびしょ濡れで、とても寒くてブルブル震えてたの。そしたらお母さんが出て来て傘をさしてくれたの。『もう大丈夫だからしばらく寝てなさい』って。夢の中のあたしは、安心して眠ったの。でもそのまた夢の中でも寒くて『寒いよう』って言ったら、お母さんが、その夢の中の夢に入ってきて抱きしめてくれたの。そしたら体が温かくなって、で、気付いたら、浩太にいの腕に抱かれていたのよ。変な夢でしょ」
助手席の千尋が、オレの顔を窺うように見つめた。
「ああ、変な夢だな」
妄想の中で、オレを手招きした知子の優しい微笑みを思い浮かべながら相槌を打った。
「でもそれだけじゃないの」
「ん?」
何だろう?
「お母さんが言ってたんだけど、浩太にいは、そのう…」
千尋が次の言葉を言い淀んだ。だから、オレがその言葉の続きを口にした。
「ああ、そうだよ。オレは千尋が大好きだ。愛してる」
知子に『ありがとう』と言った時、頭に響いた知子の願いを口にした。
(浩太さん、今度は気持ちをちゃんと伝えてね。言わないと後悔するぞ!)
いつもの妄想かもしれない。しかし、オレはその妄想の声に素直に従った。
オレの言葉を聞いた千尋は、驚きのあまりに目を見開いた。その大きくなった目から、見る見る内に涙が溢れてきた。
「ありゃりゃ、泣き虫千尋は昔のまんまか」
照れ隠しのオレのからかいに、千尋は抱きつくことで応えた。
「浩太にい、大好き!」
車を止めてて良かった。オレは自由な手で思う存分、可愛い千尋を抱きしめた。
慎吾、すまん。オレは後悔したくない。
ファーストキスが墓場だったら嫌がらないかな?ふとそう思ったが、やはり後悔したくないし、それよりも先にフェラチオをさせていたことを思い出したので、そのままそれを実行に移すことにした。
濡れそぼった千尋の頬を両手で挟むと、少し上向き加減に持ち上げた。それだけで理解した千尋は、そっと目を閉じた。
知子に似ているが、全く違う千尋の唇。オレはその愛くるしい唇に自分の唇を重ねた。
そこだけ2人の体温が一気に上がった気がした。
千尋の唇が震えているのは、寒いからじゃなくて、嬉しいからだろうか?
後で聞いてみよう。その時は、反対にオレの震えのことも聞かれるかな。
寒かったからな。と嘘をついて可愛い千尋をからかってやろう。そんなことを考えながら、半開きで震える唇に舌を差し入れようとした。
(これ以上ダメよ。千尋はまだ16なんだから)
明るい知子の声が頭に響いたが、きっと気のせいかオレの妄想だろう。それにしても知子、自分も16歳の時から慎吾とやってたクセに。
(やーね、じゃあ、あたしの目の届かないところでしてよね)
オレは頭に響く自分の妄想に笑い、それに従うことにした。長いキスを終えると千尋に向かって言った。
「続きは家でだ。ここは知子が見てるからな」
(ばか!早く帰ってしっかりやりなさい。千尋もだよ)
「えっ?」
突然、千尋が驚いたように窓の外に視線を向けた。
多分、オレと同じ妄想の声を頭の中で聞いたんだろうな。偶然って結構頻繁に有るもんだからな。
涙に濡れる目で、フロントガラスを叩く雨を見ながら、しっかりと頷く千尋を横目に、オレはハンドルを握った。