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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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3. Softly, as in a Morning Sunrise-19

「なに?」
「見てみて」
 求めることは何でもするとしているのだ、どんな服であれ平松が喜んでくれるのなら着てやる。彩奈のようなフェミニンなスタイルではないというならそれでいい。悦子はわけのない仄笑みを浮かべて立ち上がると平松が差し出した紙袋を開いて中を覗いた。笑みはすぐに消えて身が凍った。平松の意図を読むまでもなく、一つしか考えが思い浮かばなかった。
「……やだ」
「着てくれないの?」
 悦子は顔を上げて平松を睨みつけた。じゃれ拗ねた睨みではない怨目に平松も不審な顔つきに変わる。悦子は紙袋を思い切り平松に投げつけた。
「着るかっ! 絶対やだっ!」
「悦子、どうしたの?」
 ボンテージファッション。確かに自分に似合うだろう。ピンヒールまで入っている。これで踏んだらかなり痛いだろう。
「なんでよ……、言ったじゃん」
 足元を見つめて俯いたまま呼気が荒くなって震えた声で呟いたあと、「最初約束したのにっ!」
 急に大声になって顔を上げた。睫毛が激しく震えているのが自分で分かる。
「約束?」
「憶えてないんだ?」
 呆れた笑みを浮かべながら悦子は首を小さく振った。恐れていたことが現実になろうとしている。
「……きっともう、私に飽きちゃったんだね?」
「悦子、何言ってるんだよ?」
「だってっ! ……もうさせたいこと無くなったから、こんなことさせるんでしょ? ……もうやだ……」
 もう抑えられない。様々な鬱屈とともに涙が溢れてきた。「歳取っても好きだって言ったくせに! 自信あるっていったくせに! ……結局さ、こうなっちゃうんだ。初めてエッチできた女だからいっぱいしたけど、もっと別の女としたいんだ、きっと。……わ、わたしは、……もうこんなの着せなきゃ興奮しないんだ!」
「そんなことないよ、悦子」
「もっとさ、若くて可愛い子としたいんでしょ?」言う前に唇の中で歯が鳴った。「……木枝さんみたいな子と」
 はー、と平松が溜息をついて、
「馬鹿なこと言わないでよ」
 と仕方ない奴を見る目で言った。
「ウソ言わないで。分かってんだから。木枝さん狙ってるの」
「何言ってるんだよ、ほんと。悦子……、木枝さんが俺みたいなの相手にするわけないでしょ?」
「……ほら」
 悦子の言葉に、平松が肩でまた溜息をついた。
「ほらって何?」
「『他の女には手を出さないよ』って言ってくれない。……こ、九重彩奈ちゃんのときは、私のほうがいいから浮気しないって言った。木枝さんだと言ってくれなかった。木枝さんが相手にしなくても、あんたは相手にしたいってことだ」
「悦子、……伝え方、間違えただけだよ」
「あんたのこと相手にしてきた私はどうなんのよっ……。馬鹿にして……。……そんな女王様みたいなカッコさせても、踏まないから。そんな私を馬鹿にする奴なんて、絶対踏んであげない!」
「悦子、落ち着いてよ」
 ヒステリックに叫んでしまった。美穂に焼肉屋で言われた。自分のほうがオトナなんだから、甘やかさず、ビシッとと言ってやれと。悦子は大きく息を吸ってゆっくり吐いた。平松のことを好きで仕方なくなったにせよ、甘やかしすぎた。いくら平松のしたいようにさせてやるとはいえ、浮気は絶対に許せない。もう一つ、被虐を求めることも絶対に許さない。彼女になる時に約束したはずだ。
 暫く黙って気を整えていた悦子は、やがてすっくと顔を上げると平松を恬淡と見た。私のほうが年上。私の有り難みを分からせなければならない。毅然と言うのだ。
「……浮気は許さない。踏んでくださいも許さない」
「わかってるよ」
「わかってない。……あんた、わかんなくなってる」
 いつか映画で見た年上の女は、オトナの余裕を見せて年下の男の邪心も驕慢も軽くいなしていた。「……暫く、会わないでいよ? ね? 別にその間に他の女に走ってもいい。時間置いて、それでもお互い一緒にいたいのか確認しよ?」
「……本気で言ってるの?」
「そうだよ」
「……わかった」
 平松はそう言うと、隅に置いていた会社の鞄を手にとった。玄関へ向かう。「じゃ、帰るね」
「うん」
 靴を履いてドアを開けると出て行った。映画ではすぐに年下男が彼女の有り難みに気づいて、折れて年上の女の元に戻ってきていた。やっぱり俺、おまえじゃなきゃダメなんだ。これでわかったでしょ?、年上女は泣き縋る年下男を優しく包み込む。
 部屋は静寂に包まれていた。ドアの向こうには物音一つしない。携帯も震えない。
 あれ? 気を整えて毅然と言ったつもりだったが、アドレナリンがどくどくと出ていたようで、部屋の中で一人残されていると本当の冷静が悦子に戻ってきた。だんだんと、自分から別れ話を切り出してしまったことになる、ということに気付き始めた。平松が戻ってくる気配はない。悦子に言われて、じゃ遠慮無く彩奈を落としにかかろうとしているのかもしれない。本気で思ってはいないと取り消したくても、その相手はもう目の前にいない。


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