迷宮の処女-1
2005年 9月X日 日曜日 雨
迷い、迷い……、迷いながらも磯崎恵利子は、その日指定された場所に現れる。
それは結城美桜がそうであった様に、いくら聡明な少女恵利子であっても、当然の事ながら“14歳の少女”に過ぎなかったのである。
場所は人通りの多い駅前のモニュメント前、それも日曜の日中である。
軽く周囲を見渡しても、老若男女数十人の人間がいる。
この状況の中“力づくで連れ去られる”様な事はあり得ない。
そう恵利子は思い、確信していたのである。
「あの……、磯崎恵利子さん……ですよね?」
ほぼ指定された時間、不意に意外な声色が落ち着きの無い恵利子を背後より呼び止める。
ぎこちない動きで声の方向に振り返る恵利子の視界が捉えたのは、その意外なまでの存在であったのだ。
「あっ、はっ、はい、磯崎ですが?」
当然恵利子が警戒し予想していた存在とは違う声の主に、困惑したように応対する。
声の主は結城美桜であった。
生年月日の関係で学年こそ違っていたが、結城美桜と磯崎恵利子はともに14歳の中学生である。
もちろん通学する中学も違い、互いの面識もあるはずはなかった。
しかしそれでもほんの一瞬、恵利子は安堵にも似た感情を美桜に対し抱いてしまう。
まさにその感情こそが藤岡精児の狙った、当日恵利子を呼び出しさえ出来れば、必ずや“絡め捕る秘策”であったのだ。
この時、恵利子は知る由も無かった。
自分よりも一学年下の結城美桜が、すでに藤岡精児の狂った欲望に貫かれ貪られている事を……
そして自分を逃げられぬ罠に絡め取る為の“道具”にまで成り下がっている事を……
「お願いです。磯崎さん、このまま私の後について来て下さい。そうじゃないと私……」
その言葉に一瞬事態を飲み込めず、戸惑いを見せた恵利子であったが、美桜の悲哀に満ちた表情に数秒の間隔を置きながら頷かざろうえなかった。
傘を差した少女が二人言葉を交わす事無く歩み始める。
それは当初恵利子が予想した様な状況では無かった。
周囲の人間が違和感を抱き、ややもすれば見咎められる様な状況では無く、週末の街並みに溶け込んでしまう様な“風景”であったのだ。
美桜は藤岡精児に事前に指示された通り忠実に従った。
美桜は恵利子とほぼ並び歩く様にしながらも、終始無言であった。
恵利子が今日の事を第三者に告げていか確認する為、駅周辺に隣接するビルのエレベーターを数ヵ所数回不規則に移動しながら、最終的には精児の待ち構える車両の駐車するコインパーキングへと恵利子を誘導した。
精児を視界に捉えると青ざめる恵利子をよそに、美桜は後部座席のドアを開け乗車する様に招き入れる。
「…… お願い!」
乗車することに躊躇する恵利子に、消え入る様な声で美桜が懇願する。
二人の少女を乗せると精児の運転する車は、高速道路のインターへと滑り込む。
その流れに後部座席に座る恵利子の不安は増していく。
数キロ程高速を走ると精児は、車を高速道路脇の待避所へ止める。
折からの雨は激しさを増し、止められた車両を周囲から包み込む。
更に精児は意図的に車内のエアコンを内気循環にして、全面のガラスを曇らせて車内を密室化する。
それを合図の様に助手席に座る結城美桜は、躊躇いながらも藤岡精児の指示に従い始める。
それは磯崎恵利子にとって驚愕であり、恐怖であり、嫌悪とが複雑に入り混じった行為であった。
(自分と同年代の少女が……)
美桜は精児に促されるまま、その細い指先でズボンのジッパーを下すと、醜悪な肉塊を引き出す。
赤黒く腫れ上がった様にグロテスクなそれを目にするのは、恵利子にとってこれが二度目である。
目にする事も憚れるそれを美桜の指先が絡み付く様に包み込む。
包み込む指先は親指と人差し指が輪を作れぬ程で、恵利子や美桜の手首程の太さに見てとれる。
その悍ましさに目を逸らそうとする恵利子に、精児は目敏く気付くと愚直なまでの言葉を投げかける。
「目を逸らすな恵利子、これが男のキ●タマだ。男は一度こうなったら止められねぇ! この先からたっぷりミルクが出きらねぇと収まりがつかねぇ。あの時みてぇにな」
この時すでに恵利子は、精児の策略に“絡め取られ”はじめていた。