目覚め-1
多田通夫の住むアパートの階段を上って5号室のチャイムを鳴らした。
もう築50年という古びたモルタルのアパートは「しらゆり」とある、折原は地方の小さな出版社の企画担当として度々投稿する男を訪ねたのである。
「御免下さい、多田さんのお宅ですか」
「はい」
低い声で返事をすると男はドアを開けた。
「どうぞ、汚い部屋ですが」
あらかじめ連絡しておいたせいかすぐ折原を部屋に通した。
古い新聞と雑誌が山積されている、タバコのヤニの匂いが部屋を覆っている。
折原は正直この部屋から早く出たいと思っていた。
「さっそくですが取材させていただいてもいいですか。」
「どうぞ」
「お見受けしました所もう定年されていらっしゃるのですか」
「そうだな、私はもう還暦を過ぎた」
男は長い白髪の髪を掻き揚げるとタバコを咥えた。
「白井重蔵はペンネームですね」
「ああ、昔の女の姓を頂いた、そして俺の親父の名がジュウゾウと言う訳です」
そう言って話をしはじめた。
父、重蔵は満州帰りで九州から連れてきた女に通夫を産ませた。
「多田さんはいつ頃から官能小説を書き始めたのですか」
「それは成人してからですが、私が小学生の頃廃品回収の中に見つけた一冊の雑誌のヌード写真がきっかけでしたね、そのモデルさんは荷車の前で座っているポーズなのですが初めて見るヌードに衝撃を受けましたね。」
「そんなものなのですか・・・」
「昔はそうだったよ、それから伯父が時々買ってくる読み切りの雑誌の挿絵を見ながら気に入った小説を熱心に辞書片手で読みふけりましたよ。それ以来男女の複雑な関係やら性の交わりに関心を持ち始めました。」
折原はうなづきながら質問を続けた
「最初の投稿はどんな内容でしたか」
「私は少年の頃、田舎で育ち風呂場は母屋とは別棟にありました。 当時貰い湯といって近所の方もいらしてたんですよ、そこでふとしたいたずら心で板塀の節穴から主婦の裸を覗き見みしたことがありました、その女性の肉体には衝撃を受けました、そこで書いた一作目はそれをもとにした「浴室の情事を書きまして出版社に送りました。挿絵も画用紙に描いて同封しました」
「そんないたずらをきっかけで フフフ、女性のヌードは初めてでしたの」
折原は恥ずかしそうに質問を続けた。
「むろん初めてでした、田舎には珍しく美しい方で割烹着がよく似合ってました、裸体はそりゃあ〜お尻もオッパイも大きかった、圧倒された記憶です」
「雑誌に掲載されたんですか・・・」
「もちろんです、この出版社の本の付録の薄い冊子でしたが挿絵もです、自分でもよく書けたと思います、内容は同居する息子の嫁と舅の物語でして、この嫁は後未亡人となる。丁度あなたぐらいの年齢に設定しました、集団就職した孫を送り出したその夕方次男のところに出かけると言い残すがその晩こっそりと帰り納屋に忍び込んで未亡人の嫁の入浴を覗き見する、雷雨の降りしきる中 雷で一時停電する真っ暗闇で無防備な裸体に閃光が走り豊満な肉体が照らし出されて、堪らず舅は未亡人の嫁を襲うという内容です。挿絵は背後から襲われ豊満な乳房を鷲づかみされているシーンですよ」
「多田さんの作品は未亡人とか人妻が多いのですがなにかこだわりが・・・」
「そうですね、若い女性にはない魅力があります、人生経験を積んだ中年女性は肉体的にもいいですね、脂肪の乗ったマグロみたいで美味しいです ハハハ」」
多田は意味ありげに笑った。
「そうなんですか、私には理解ができないんですが」
「スマートて若ければいいというのは女性の主観的です、男にはこってりと脂肪が付いた大きなお尻は魅力的で欲望が湧いてきますよ」
折原には多田の表情がいやらしく思えた。
「表現方法はどう工夫されているんですか」
「これが一番むつかしいです、内容は表現力で評価が分かれる、私の作品はやはり昭和の時代を生きた団塊の世代に向いていると思います。
内容はきわめて反道徳的で卑猥ですので女性の方は迷惑している方も多いと思いますが、現代社会は夫婦でありながらセックスもなく別の部屋で寝る方が多い、不自然ですよ。昔はもっと本能的に生きてました、あなたも動物の生殖の行動見た事あるでしょう」
「まあ、時々見ますねテレビなどで」
「見てどうですか、種を残す為に激しい闘争がある 人間はもう少し動物を見らなわなくちゃ」
「そうですね・・・」
「あなたも結婚してるんでしょう、夫と最近やりました」
多田は真剣な顔つきで折原に尋ねた。
「・・・・」
私の小説を読んで今夜、妻と夫とやりたいなぁと感じていただければいいんですよ、私の小説を評価される方はそんな所をみているのでは」
「そうですね、わたしも多田さんのファンになろうかしら」
折原は微笑んだ。