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英雄
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英雄-3

「拓、行ってくれるか?」
 夜遅く、桜の父親と拓はテーブルに向かい合っていた。
「そんな大きなレース、本当に僕でいいんですか?」
「あぁ。君がいいんだ。桜もそれを願っているだろう。サクラノキセキに乗るのは、君しかいないんだよ」
「………わかりました。最善を尽くします」
 拓は緊張の面持ちを崩せずにいた。

 サクラノキセキも、山場を迎えていた。外国のレース、凱旋門賞に出馬するのだ。
 凱旋門賞とは、世界中の有力馬が集う、世界一の馬を決めるレースだ。
 それだけに、賞金もバカにならない。
 そのレースに、騎手青井拓が頼まれたというわけだ。



 その日は来た。
 海を越えた地に、サクラノキセキと拓はいた。
 日本とは全く違う雰囲気が拓を襲う。
 そんな拓にサクラノキセキが優しく顔を寄せる。
「サクラ………。そうだよな。俺がしっかりしないと」
 拓は背を伸ばし、胸を張った。
 そして桜はアメリカにいた。目の手術を控えていたのだ。
「サクラは?」
「大丈夫。あいつらなら勝つさ」
「そうだよね…」
 桜をただならぬ予感が襲った。
 それを振り払うかのように首を振ると、桜は手術室に入っていた。



 全ての馬がゲートに入った。
『今ゲートが開きました。ちょっと日本の無敗馬、サクラノキセキが出遅れたようですが…その実力は如何ほどなんでしょう』
 馬群は早くも三つに分裂し、サクラノキセキは後方にいた。
『先頭はラッキーストライク。逃げの天才ですが、今回も逃げ切れるか。そして二馬身開いて三番人気プリンセスハニー、セクティウス、……………さぁ早くも先頭が第三コーナーにさしかかります。ここで後ろからサクラノキセキが動きました。ラッキーストライクとの差を縮めてますが、負けじと一番人気セルビアルーシェも追い上げています。さぁ直線に入ってサクラノキセキ、少しバテたか、勢いが伸びません』
 ──サクラ!もうすぐだ!踏ん張ってくれ!
 拓は心の中で強く、強く念じた。
 サクラノキセキは一人の少女の運命を乗せ、このレースに臨んでいるのだ。
『いや、まだです!ラッキーストライクを差し、そして、セルビアルーシェも…差した!差しました!フィニッシュ!半馬身差でサクラノキセキが世界一になりました!』

 その頃、手術中を示すランプが消え、中から医師が出て来た。
「ど、どうですか…?」
「いやぁ…なかなか手強かったんですが、何とか成功です。事故前と同じ視力が戻っているでしょう」
「本当ですか?!ありがとうございます」
 桜の父親は、涙を流し医師の手を握り締めた。

『悠然と勝利を誇示するように、サクラノキセキが歓声の中を走っています』
 競馬場はサクラノキセキで一色だった。
「よくやった!よくやったなサクラ!」
 サクラノキセキから下りた拓は、ポンポンと馬体を叩いた。
 その時拓には一瞬、サクラノキセキが微笑んだ様に見えた。
 そして次の瞬間、サクラノキセキは再び走り出したのだ。
「サクラ!」
 競馬場をただならぬ様子で走るサクラノキセキに、観客がザワザワとしだした。
「サクラ!サクラ〜!!」
 拓の声に全く反応せず、サクラノキセキは何周も何周も全速力で走る。


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