2. Sentimental Journey -7
「泊まり?」
「ううん日帰り。夕方までだし」
仕入れの大得意先の企業が同業合同の商品展覧に参加している。重要取引先だから表敬として顔を出すべきだったし、その他の企業の照明製品をチェックしておきたかったが、東京開催は別件の商談が入ってどうしても行けなかった。展覧会には関西拠点の企業も参加しているから、人脈づくりのいい機会でもある。調査費という名目で付いている予算も余っているし、他の日に頑張れば一日くらい開けれないこともないから、部長は承認してくれた。悦子が行けば周囲の目を引くだろうという計算もあったのかもしれない。
「俺、金曜有休取っていいかな?」
お、やっぱり自分がいない会社にいるのは寂しいのかな、と自惚れようとしたが、ふと訝しんで、
「何か用事あるの?」
と尋ねた。
「ううん、別に」
「……彩奈ちゃんのゲームのイベントとかに行くなら許さん」
「ないよ、そんなイベントなんか」
「そこは『あっても行かないよ』だろっ!」
平松の有休の決裁権は基本的に悦子にある。悦子が不在になるので平松は在社すべきとは思うが、重なっている案件は金曜日までに目処をつければ、平松も居なくなっても特に支障はないだろう。
「彩奈ちゃんと浮気するんじゃないなら、休んでいいんじゃん?」
「じゃ、休む」
両方のバストを包み込み、解すように温和な手つきで揉みながら、「悦子がこんなに好きになったから、彩奈なんか霞んじゃった」
誰と比べてるんだ。――ま、風呂の中ならもう一回しゃぶってあげてもいいけど。
金曜の西向きの新幹線は朝とはいえ大して混んでいなかった。新横浜を出た新幹線の車内を見渡すと空席が目立つ。ちょっと本数走らせすぎじゃないの? 採算とれてるのかな。悦子は要らぬ心配をしながらバッグから展覧会のパンフレットを取り出した。大阪に着くまでに出展している企業について頭に入れておきたい。
パンフレットを開く拍子に隣で雑誌を読んでいる平松と目が合って、悦子を見て微笑んできたから睨んでやった。前の日に家にやってきて、またたっぷりと愛したあと、腕枕で悦子を眠らせながら明日何時の新幹線かと問うてきた。俺も出かけるから一緒に出よう、新横浜まで送っていくよ、と。付き合っていることが美穂以外の会社の人間にバレると立場上困ったことになるから、街でばったり出遇わさないように、外でのデートは一度もしたことがなかった。やっぱり二人で外歩きたいのかな、彼女だもんね、と少し気の毒になって承諾した。誰かに見られたとしても偶然会って向かう方向が同じだったと言えばいい。
展覧会はビジネスの一貫ではあるが、肩肘張らない或る種お祭りのようなところでもあるので、悦子は早めに起きて入念に華やいだメイクをし、髪も大きめにカールさせて後ろに編み込みを入れてアンシンメトリーに纏めた。格式張ったスーツではなく、ベージュのテラードジャケットを選び、ちょっと脚出しちまうか、とストッキングの膝上まで見える短めのタイトスカートにした。少し高いヒールを履いたら脚を目立たせることができる。アクセサリーを首元に少しだけ覗くゴールドのナローネックレスだけにすれば、派手すぎて失礼にはならなずにむしろ好感が持たれるだろう。デザイン関連の人間も来るから美的センスは重要だ。最近彼氏により磨かれた体だし? 様々な人と会って話ができるように目を引く恰好が都合がいい。
「ものすごく化けたね」
「うるせぇ」
平松の言いっぷりの失礼さに口を尖らせて、オータムトレンチを手に家を出た。端から一緒に出かけるつもりだったのだろう、平松は来る時に持参したジーンズにパーカー姿だった。新横浜に着いて、周囲に知った顔が居ないのを確認しながら、送ってくれてありがとう、と小さな声で言うと、
「切符見せて?」
「え?」
「新幹線の切符」
不思議に思いながら悦子は事前に取り出して手に持っていたチケットを平松に渡した。すると何も言わずにスタスタと有人カウンターの方へ歩いて行く。
「あっ、ちょっ……!」
悦子は慌ててヒールを鳴らして平松を追いかけた。
「座席変更できますか? 1人追加で、2人横並びで」
「はあっ!? 何してんのっ?」
えっと、どうしますか、と悦子のリアクションに手続きを進めていいか迷っている駅員を前にあまりゴタゴタしたくない。周囲の目も集めてしまう。
「あ、おねがいします」
平松の返事に駅員が手続きを進めていく。
「……どういうこと?」
腕組みをして睨んで小声で言った。平松は平然と、
「俺も大阪に行こうかと思って」
と言った。それは手続きをしたのを見ればわかる。
「そんなカッコで会場行けないよ? ラフ過ぎる」
「ううん、終わるまでどこかで待ってる」
「いや、だからってさぁ……」
金額を言われてカードで支払った平松は、受け取った切符の一組をはいと悦子に渡した。嬉しそうに笑っている。