2. Sentimental Journey -14
「と、泊まるったって、何の準備もしてきてない」
「でも一緒にいたい。横浜の悦子の家まで待てない」
平松は頬にキスをしてきた。セックスの時の貪るようなキスとは正反対の、優しく慈しむ感触なのに抱かれている時と同じくらいの爽快が背中を駆け抜けた。
「だ、って、そんな……、急に」
あまりの心地よさに焦った悦子は、打って変わって、いかん、今言っちゃいかん、と思っているのに、
「好きだよ悦子。一緒にいよう」
そう耳元で囁かれた。
ラブホテルなんて久しぶりだった。平松は入るなりまたキョロキョロしている。ここも初めてか、ま、付き合ったことがないならそうだろうな。平松が調べた場所は、少し離れてはいたが歩いて行ける場所だった。割と料金が高めの高級のホテルを選んだし、金曜日だったがまだ時間が早かったから空室があってすんなり入れた。
室内は広く、今まで悦子が行ったことがあるホテルでも最も豪奢な造りをしていた。キングサイズのベッドが鎮座しているが、十分スペースがあり、狭々しい感じがしない。
「なんか、もっとギラギラしてるのかと思った」
その歳になってラブホテルが初めてだということを恥じて隠そうともせず、平松は部屋の中を探索し始めた。風呂の大きさには驚きながら、冷蔵庫を開けたり、テレビを点けてアダルトチャンネルが全て見れることに感心したりしている。
「お茶かコーヒー飲む?」
やがて鏡の前に備えられていたティーセットを見つけると、悦子の方を振り返った。「どうしたの?」
悦子は部屋の中央で、まだバッグを肩に掛けたまま腕組みをして立っていた。眉間が寄せて平松を睨んでいた。観覧車の中では頬にキスをされただけだった。だがゴンドラを降りるとき、平松のためにスカートの裾へ係員を向けさせないように気をつけて降りようとして、その奥が潤みでヌメっているのを感じた。観覧車を並んでいる人々の目はもう全く気にならなかった。差し伸ばされる手に絡みつくように身を寄せて歩き始めた悦子は、阪急東通りの界隈を抜ける時もずっと平松に身を寄せていた。ラブホテルに着くのが待ち遠しかった。狭いゴンドラではない、自由に動ける場所で二人きりになりたい。なのに平松は部屋に入るなり抱き寄せることもなく、探検を楽しんでいる。それが全く気に入らなかった。こんないい女とラブホテルに入ったのに信じられない。
「……悦子って結構カマってちゃんだね」
見透かしたような笑みを浮かべる平松に悦子は激昂しそうになって、
「はぁっ? なに生意気なこと言ってんのっ」
「おいで」
平松がキングサイズのベッドに座る。構ってあげるよ、と言わんばかりの手招きに、バッグを投げつけてやろうかと思った。「してあげる」
「調子に乗らないでくれる? ……つ、ついこの前まで童貞だったくせにっ」
「うん。……悦子がさせてくれてから大好きになった」
平松を揶揄したつもりだったのになお平然と即答されて、「おいで」
「……し、してあげる、おいで、なんて言う彼氏なんかのとこ行かない」
不機嫌だったが、悦子のスカートの中では平松にこれから抱かれようとする期待に蜜が押しとどめられなくなっていた。
「したくないの?」
「……」
「俺は悦子とすごくしたい」
従順に呼ばれる元へ行ったりするから、こうやって調子に乗らせるんだ、と睨み続けているつもりが、悦子はバッグをテーブルに置いて歩をベッドに進めていた。近づくほどに平松が自分を見つめる視線が強まっていく気がした。欲情しているイヤラしい目だ。その目に晒されて自分もイヤラしくなっている。悦子が渋々とした顔つきで平松の隣に座ろうとすると、不意に平松が立ち上がって、正面から悦子を抱きしめてきた。
「うっ……、ちょっ」
反射的に押し返そうとしたが、無言で抱きしめられている間に力が抜けていく。本当に卑怯だなぁと思いながら、平松の顎元に額を押し付けて暫く瞳を閉じていると、平松の手が緩んでコートを肩から外し始めた。
「すごくキレイだよ」
まだ袖が抜けていないのに顔を近づけてくる。悦子は腕を巡らせてコートを脱がすのを手伝いながら、口を開けて迎え入れていった。キスしたいと思っていたのに、観覧車ではしてもらえなかった。いや、クジラの前で手を繋ぎ始めたときから、平松の唇に口を塞いでもらいたいという願望が湧き起こっていた。平松の舌が口内に入ってくるや唾液が溢れてくる。まるで脚の間が潤うように、口内にも性感を煽る場所があって、そこを舌先がなぞってくるたびに唾液が漏れてしまう。
「……朝は、化けたね、とか言って、そんな事言わなかった」
唇から糸を引いて、恨めしげに潤んだ瞳を細めた。
「言っちゃったら朝からしたくなるから」
「んっ……」
確かにそうだけどと納得しながら、舌がまた平松を欲しくなって、コートを脱いだ両腕を平松の首に絡めて行った。両手で腰を抱き寄せられて密着する。柔らかい胸と腹が何故こんなに気持ちいいのだろう。普通の女なら、こんな緩んだ体をしている男を彼氏にするなんて嫌がる筈だ。