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エスが続く
【OL/お姉さん 官能小説】

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2. Sentimental Journey -13

「うん……、そうだね」
 ムード満点だ。夜景を見せられて愛を囁かれたことなどない。今言われたら舌足らずな甘えた声で答えてしまいそうで、それを恐れながら、それでも心の底では期待して、オレンジに伸びる梅田新道とそこを走る赤いテールランプたちを眺めた。
「悦子」
 ほらきた。悦子は平松が優しげな声になって呼びかけてきて身構えた。きっとこれから、好きだよ、と言ってくれる。それの言葉を、あ、そ、と恬淡と返したら、次は頭に手を置いて撫でて近づけさせてくるだろう。観覧車がもっと回ったら隣のゴンドラから見えてしまうから、軽くキスするのに留めておこう。よし、シミュレーションは完璧だ。さあ来い。
「……なに?」
 少し首を傾げ、年下の男をおおらかに手なづけている大人の女の笑みを上手く浮かべることができたと思う。すると平松は足元に置いていたリュックをゴソゴソと開いた。おい『好き』はどうした、と眉を潜めていると目の前に白く小さな紙袋が差し出された。
「これ、プレゼント」
「プレゼント? 何の?」
 思いがけない贈り物に悦子はキョトンとした。何の祝だろう。出張頑張ったで賞?
「誕生日」
「は? だって……」
「うん、知ってる。間違えてないよ、大丈夫」
 悦子の誕生日は、平松が配属されてくる直前に終わっていた。ちょうど仕事も忙しくささくれ立っていた頃だ。
「2ヶ月近く遅いよ。だいたい、何で知ってんの? 私の誕生日」
「前に部屋で……、悦子がトイレに言ってる時に、……ちょっと財布の中見たんだ。いまさら聞けなくて」
 勝手に見るな。免許の写真ブサいんだから。
 平松が悦子に内緒で誕生日を調べようとしたことが妙に可愛らしく思えて和んだ。しかし何故今になって誕生日プレゼントなのだろう。
「……だって、次の悦子の誕生日まで10ヶ月も待たなきゃいけないから。もっと早く転属してればよかった」
「……」
「次の誕生日は、ちゃんと一緒に過ごす」
 今年の誕生日は残業して、家に帰ったら日付が変わろうとしていた。ここまでくると歳をとることじたいも嘆かわしいのに、美穂と兄嫁からのおめでとうメールだけであまりにも寂しく終わった。
「あ、開けていい?」
「うん」
 伏せた睫毛が震えているのが自分でも見えた。白い袋からリボンのついた小箱を取り出し紐解く。白い紙袋には黒文字でDior。いやいやこの歳には厳しいブランドだろ。香水ならまだギリギリかな。そうやって気を逸らさないと瞼が熱くなるままに潤みが目尻に集結して滴となって溢れてしまいそうだった。
 箱の大きさから香水など入っていないことは始めから分かっていた。まさか、と思って開いたら、イヤリングが入っていた。一瞬指輪を想像した自分を恥じながら、暗みの中、箱を目に近づけると、小さな二つのイヤリングはゴンドラに差し込んでくる街の灯に小さく光っていた。
「ホントは指輪にしたかったんだけど、サイズがわかんなかった」
 悦子が刹那に心に浮かんだことでも平松に呼応してしまうのだろうか、悦子は両手で箱を握りながら平松を見た。
「ありがとう……」
「気に入ってくれるとうれしいよ」
「……誕生日、いつ?」
「俺?」
「うん」
「俺は8月15日。お盆に生まれたんだ。夏休みだし、家族以外に祝われたことない」
 笑った平松に悦子は抱きついた。ゴンドラは観覧車の頂点近くに到達していた。前後のゴンドラから中で何をしているか影でも見える。知るか、そんなの。平松の誕生日も随分先だ。
「じゃ、クリスマスが一番近い」
「うん……、そうだね」
「ありがとう」
 悦子はさっき呟くように言ったのが悔やまれてきて、今度は心からの気持ちを込めてもう一度言った。「うれしい」
「そう? よかった」
 平松の手がトレンチの上から腰を惹き寄せてくる。トレンチも平松のパーカーも邪魔だ。心地よいぷよぷよ感が半減されている。だいたい何だ、抱きついてやってるのに、抱きとめたままか。ゴンドラは下降を始めていた。また前後のゴンドラは見えなくなっている筈だ。これを降りたら新大阪に向かわなければいけない。もうあまり時間は残されていない。
「ね、悦子」
 やっと呼びかけてもらえて、悦子は平松の首に押し付けていた顔を上げた。瞳が潤んでいるのを見られたって構うものかと思わず自分から唇を押し当てにいきそうになったが、平松が何か言おうとしているのが見えて、それを聞きたくて、必死に自分を諌め、待った。
「明日、土曜だよ」
 は? 違うだろ。
「そうだね」
「……休みだ」
「……そうだね」
 気づいていないのか? こんな美人が顔をトロンとさせて見上げてるんだぞ。プレゼントまでして、うれしいって言ってもらえてさ、ほら、言いたくなる言葉あるだろ。
「もっと一緒にいたい」
 平松の言葉は悦子が期待していた言葉より胸を衝いた。「今日、泊まろう?」


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