E.-6
「陽向?」
「ん…ぁう…」
「へーき?」
「…ん」
後処理を終えた湊が心配そうにこちらを見ている。
陽向はぼやんとした頭で湊の指を握った。
「ひな。ホラ、お風呂行くぞ」
陽向はいやいやと頭を振って布団に潜り込んだ。
「…んだよ。ワガママひな坊」
湊はそう言いながら陽向の隣に寝そべり、華奢な身体を優しく抱き締めた。
「…なんで」
「ん?」
「なんでこのネックレスくれたの?」
陽向は目を潤ませて言った。
「また泣くの?」
「バカ!」
笑いながら言った湊に噛み付くように言う。
「親からもらったもの、こんな簡単に手放さないでよ!…あたしになんか…渡さないでよ…」
陽向は力無く湊の腕を握った。
「落ち着けって…」
「落ち着けないよ!こんな大切なもの、なんで…」
「陽向」
湊は泣きわめく陽向を抱き締めて言った。
「ちゃんと考えた?あの話」
「……」
「聞いてたっしょ?」
「…聞いてたよ」
「父さんは母さんに港でプロポーズしたの。このネックレスをつけてやったんだよ、母さんに」
「…分かってる」
「でもね、ホントはちゃんと意味があるんだよ」
湊はそう言うと、陽向の目を見て笑った。
「簡単に言うと魔除け。『大切な人を守りなさい』って事だったんだと思う。だから、大切な人に渡したいってずっと思ってた」
「……」
「お前に渡したいって思ってた。今しかないって」
陽向は何も答えなかった。
いや、答えられなかった。
なんて言っていいか、分からなかったから…。
「お前のことが大切だって思ってっから渡したの。一生守ってやるってゆー俺の気持ち。…受け取って」
湊は「お前にしか渡せない」と呟いて陽向をきつく抱き締めた。
「アイツからの魔除けな」
湊が冗談混じりに笑う。
「…マジだよ。ずっと側にはいてやれねーから……この環境じゃ。アイツのがお前といる時間多いと思う」
その言葉に、心が傷付く。
「陽向…」
「なぁに…」
「俺のお願いひとつきいて」
「ん…」
湊は陽向の頬に両手を添えた。
「一緒に暮らそう」
「へ…」
「俺が今お前に出来るのはそれしかない」
「……」
「アイツにされたこと、全部筒抜けだから」
陽向は黙った。
「一緒にご飯食べ行った事も知ってる」
「……」
「別に言えとかそーゆーんじゃねーけど。…ただ、バレるって分かってんのに動いて兄ちゃんに言ってるトコが難点」
湊はそこまで言うと「何か考えてんな」と呟いた。
去年、陽向を失いかけた。
そう、佐山優菜の、あの一件。
あの時誓った。
何があろうと、陽向は自分が守る。
あれ以上の災難はないと思っていた。
しかし現に今、陽向は同じ職場の奴に奪われそうになっている。
知っている…航から聞いているから。
陽向にキスをしたことも、無理矢理ご飯に誘ったことも…。
だがしかし、それを航に話しているところが問題だ。
兄弟である航に…。
金でも貰ってるのか?
それとも弱みを握られているか…。
きっと自分にマイナスな事であれば航は何も言わないだろう。
いくら連絡したって無駄だ。
会いに行ったってはぐらかされて終わるに違いない。
俺はただ、見ることができない現実を妄想するしか手がないのか…?
陽向が出勤すれば、瀬戸はきっとあらゆる方法で陽向をどうにかする。
航の言い方じゃ、そうなると思って間違いないだろう。
だから、一緒に暮らすしか手がない。
陽向を守るには、それしか手がないんだ…。