E.-2
休日は昼過ぎから行動するのが2人の常となっていた。
瀬戸とご飯を食べに行ったあの日以来、瀬戸とは病棟でも普通に会話し、それ以上も以下もなかった。
ご飯を食べに行った事は湊には言っていない。
ただの先輩と後輩という立場で食事に行ったつもりだが、特に言う必要もないと陽向は思っていた。
そもそも、湊は瀬戸薫を知らない。
「遅い」
「待って!あぁ…もぅ」
今日は湊の奢りで湊の兄のバーに行く予定になっている。
誕生日はお互いに仕事でとっくに過ぎてしまったが、「祝えなかったから」と湊がご飯に連れて行ってくれることとなったのだ。
「そんな時間かけておめかししちゃって」
「いーじゃん、湊と久しぶりに遊び行くんだもん」
「化粧してもあんま変わんねーだろ」
「ヒドいんだけど」
陽向はお気に入りのバッグを左手に取った後、玄関で靴を履いた湊の肩を右手ではたいた。
「女の子にそーゆー事言うとかありえない」
「は」
湊は鼻で笑った後、陽向の腕を引っ張って頬に触れた。
「飾らなくたっていいっつってんの。分かんない?」
陽向は頬を赤く染めて「比喩とか国語みたいなそーゆー言葉は苦手なの」と、また湊の肩をはたいた。
今度は優しく。
「つーか前髪切りすぎた?ちょー短けぇ」
「うるさいな」
陽向はこの前切りすぎてしまった前髪を右手で撫で付けた。
小競り合いをしながら外へ出たのは18時を過ぎてからだった。
今日は9月だというのに肌寒い。
エントランスを歩く湊の柄のうるさいTシャツを握る。
8月になる前に一緒に下北沢の古着屋で買った、1万円近くもしたやつだ。
「あんだよ」
「湊、寒くないの?」
「寒くねーよ。ホッカイロあるし」
「あっ…」
湊はそう言うと、陽向の腰に手を当てて自分の方へ引き寄せた。
目の前に人が現れた事に気付いたのは少し経ってからだった。
声を出した自分に後悔した。
ホッカイロって…そーゆー意味?
「お疲れ、湊くん」
そう湊に声を掛けた人。
自分のよく知っている人。
「あー、薫さん。お疲れっす」
「デート?」
「そー見えるならそーなんじゃないんすか?」
瀬戸はニッと笑って湊に近寄ると、耳元で何か囁いた。
湊の顔が曇ったのを陽向は見逃さなかった。
「楽しんで」
瀬戸はそれだけ言うと、エレベーターに乗って上階へと向かって行った。
時が止まったみたいに、何の音も聞こえなくなる。
「…え?…知り合い?」
「そー思う?」
「だって湊のこと知ってたじゃん!なんで?!あの人、あたしの職場の人だよ?!」
取り乱した事を後悔した。
こんなの、瀬戸と何かあったと言っているようなものだ。
「お前に」
湊はこちらに冷ややかな目を向けた。
「俺の知り合い全部言わなきゃいけねーの?」
陽向は何も答えられず、俯いた。
…ありえない、こんなのありえない。
湊と瀬戸さんが知り合いだなんてありえない。
どこで知り合ったの?!
あたしの職場の人……。
知り合う術がない。
見たこともないはずなのに…。