最終話 空戦-2
「なんでだよ! 当たってるだろ!」
清水は旋回機銃を後ろに付いた敵機に向かって乱射し続けていた。時々、弾が当たったのか敵機は火花を散らしたが、結果はそれだけだった。部品を破壊することもなければ、煙を吐き出させることもない。
後部旋回機銃の口径は七、七ミリ。陸上火器で言えば軽機関銃あたりの口径だ。相手が人なら十分すぎる威力だろうが、今の相手は鉄でできた鳥である。明らかに威力不足であった。
「ぐぅ……!」
放たれた機銃弾が電信席スレスレを通り過ぎ、その衝撃で破損した風防のガラスが清水の頬に突き刺さった。顔の半分が鮮血を浴びて赤くなる。目に入った血を腕で拭い、頬に刺さったガラス片を引き抜く。転げまわりそうになる程の激痛に耐えながら、清水は旋回機銃の弾倉を交換する。
「あれは……」
すると、下から航空機が四機、二機ずつに分かれて編隊を組み、こちらに向かって高度を上げて迫ってくるのが見えた。P−38とは違う、彩雲と同じようにエンジンが一つだけの単発機のようだ。
「少尉! さらに右下から単発機が四機上がってきます」
「何だと!」
単発機と言うことは、グラマンか……。森口は死を覚悟した。旋回機銃一艇だけの偵察機が六機の敵に囲まれて堕とされないわけがない。今まで攻撃をかわし続けられただけでも奇跡のようなものだったのに。しかし、そんな終末への覚悟も清水の報告で無駄に終わった。
「ゆ、友軍機です! 翼に日の丸が付いてます!」
狂喜と安堵が入り混じった声が伝声管を響かせて森口の耳に届いた。思いがけない事態に驚いて、森口も右下方を見た。
深緑色に染め上げられた機体の両主翼には、見間違うことの無い真っ赤な日の丸……。友軍機の一機から放たれた第一射は、彩雲やP−38からは大きく逸れて空を切った。威嚇射撃だ。P−38は彩雲の追撃を止め、友軍機との空戦に挑むのか、編隊を組みなおしてから高度を上げていく。
P−38を追撃する友軍機と彩雲は一瞬だけすれ違った。翼を振りながら脇をすり抜けていった機影は、陸軍の最新鋭機である四式戦闘機だった。
「助かったぜ……」
森口はびっしょりとかいた額の汗をマフラーで拭ったが、別の問題に気づいて再び額に汗が浮き出た。しかし、その汗は先ほどの緊張から来る汗ではなく、冷や汗と言うものだった。
「クソアメ公……」
恨みを込めて敵陣営の蔑称を吐いた。それと同時に、計っていたように血が口から溢れ出した。森口の胸には金属片が突き刺さっていた。ちょうど肺に当たる部分だ。きっと肺は破れているのだろう。先ほどから感じていた息苦しさは、これだったのか……。森口は深呼吸をしようと空気を吸い込んだが、激痛が走って思うように吸うことができなかった。
「やった!」
四対二で繰り広げられる空戦を見守っていた清水が、声を上げた。四機の四式戦闘機は巧妙に連携して攻撃を加え、瞬く間に一機を撃墜した。もう一機はというと、全速力で雲に突っ込み、いずこかへ逃げ去って行った。
勝利した四式戦闘機隊は再び二機ずつに分かれて彩雲の両隣に付き、それぞれの機体の操縦士が陸軍式で敬礼してきた。森口と清水はこちらも左右に分かれて海軍式に敬礼した。右隣りの先頭を飛ぶ隊長機と思われる機体の操縦士は、飛行眼鏡を額に押し上げて表情がわかるようにすると、笑顔を作って翼を振り、彩雲から離れていった。残る三機も翼を同じように翼を振りながらそれに続いて離脱していった。