投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

最速の翼
【戦争 その他小説】

最速の翼の最初へ 最速の翼 19 最速の翼 21 最速の翼の最後へ

最終話 空戦-1

「撮影、終わりました」
「よーし。ずらかるぞ」
 清水の報告を受けて森口は操縦桿を引き、雲の上に躍り出た。森口が一息つこうと一瞬、操縦桿から手を離したときだった。
「左下から、敵機が上がってきます!」
 清水の絶叫が聞こえ、咄嗟に操縦桿を握り直して機体を右に横滑りさせた。機銃弾が左翼端をかすめ去り、数瞬遅れて襲撃者が高速で通り過ぎた。
「ペロハチ!」
 見紛うことのない特徴的な姿を森口はしかと見た。
 P−38ライトニング。かの山本五十六大将の乗っていた陸攻を撃墜した米軍が誇る名機だ。陸上基地から発進した機体が直掩機の中に交じっていたのだろう。
 森口はそれを”ペロハチ”などと蔑称で呼んだ。ペロッと食えるP−38、だから”ペロハチ”しかし、それは一昔前の話である。米軍機が日本軍機との不利な格闘戦を避けて、速度を生かした一撃離脱戦法を行うようになってから”ペロハチ”は”双胴の悪魔”へと名札を変えた。
「周りの偵察頼むぞ!」
 伝声管で二人に叫んでから、森口は改めて操縦桿をグッと握りなおした。手袋の中の手が汗ばんでいる。生命の危機を森口は感じていた。P−38の最高速度は彩雲とほぼ互角。速度だけが取り柄の彩雲では勝負にすらならない。ここは逃げの一手しかないが、振り切ること自体指南の技だ。
「さらに一機、P-38が上がってきます!  右!」
 西川が敵の増援を確認して絶叫する。
「クソ野郎!」
 機体を横滑りさせて機銃弾を辛うじてかわすが、このままではいずれ力尽きて撃墜される。後ろでは清水が旋回機銃を乱射する。
「少尉! 太陽を背に敵機が!」
 西川の絶叫に、森口は思わず上を見上げた。太陽に浮かんだ黒点がピカッと光り、その刹那、機体に激しい衝撃が襲った。
 風防のアクリルガラスが粉々に砕け散り、強風にコクピットが晒される、右翼に機銃弾が何発か命中して風穴を空けた。
「上飛曹!」
 清水の悲鳴に反応して、振り向こうとしたとき、森口の身体を激痛が駆け抜けた。
「いっ……!」
 森口の右目が開かなかった。幸いにも目は負傷しなかったものの、掛けていた飛行眼鏡の右目レンズ部分が破損していた。二重構造になっているレンズは二枚とも粉々に砕け散り、間に入っている曇り防止用のゼラチンが漏れ出ていた。ゼラチンは森口の右目にベットリと張り付き、そのせいで目を開くことができなくなっていたのだ。
「雲に入るぞ!」
 右目をつむったまま森口は、機体を操って右に急旋回させ、雲に身を埋めた。普段の雲は鬱陶しいだけの存在だが、この時ばかりは頼もしい煙幕となってくれた。
 森口は首に巻いたマフラーで目元を拭い、張り付いたゼラチンを皮膚から引っぺがした。
「はぁ……はぁ……清水! 西川は大丈夫か!」
 森口は息苦しさを覚えたが、雲の中の水蒸気が呼吸を妨げているのだと思い、気にすることはなく部下の状況確認に移った。
「上飛曹が! 血が……」
 清水の上ずった声が伝声管から伝わる。森口は振り向くと、すぐ後ろの偵察席はペンキをぶちまけたように真っ赤に染まっていた。風防の割れ残ったガラスに付着した血が、まるでステンドグラスのように輝いていた。
「畜生!」
 毒づいてから森口は機体を見回す。被弾したのは右主翼と胴体の中央部。エンジンは無事、主翼もまだ繋がっていて飛行には問題なさそうだ。まだ、彩雲は飛べる。改めて息苦しさを覚えた森口は、深く深呼吸した。
「雲を出るぞ! 敵が見えたら構わず撃ちまくれ!」
「はい!」
 清水の返事を効くと、機体は左に旋回して雲を飛び出した。敵を巻いている事を願ったが、そうそう敵も簡単に見逃してくれるわけではなかった。
「右!」
 すぐさま伝声管から旋回機銃の発射音と共に清水の絶叫が聞こえ、機体を左に横滑りさせる。機体スレスレに機銃弾をかわす。
「うお!」
 盾にしていた右の雲の中からもう一機が機銃を放ちながらいきなり飛び出してきた。間一髪で斉射の直撃は避けたが、機銃弾の一発がエンジンに当たるのを森口は見た。エンジンから白い煙が噴き出す。
 その一機は彩雲の後方に回り込み、二機編隊で追撃される形となった。よほど艦隊が発見されたのが不味かったのか、二機のP−38は死神のごとくしつこく追い回してくる。


最速の翼の最初へ 最速の翼 19 最速の翼 21 最速の翼の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前