Mirage〜2nd Emotion〜-3
「あ。たこ焼き。幸妃、買って」
「千夏ちゃん、ダメやで。神崎くんはお好み焼きの方が好きやねんで」
「いや、その通りやけど、普通にオゴらんしな」
中身は、これだ。
僕はなだめ方がずれている筑波をたしなめる。千夏はふてくされた顔で僕を睨んだが、僕は全く意に介さない。
初秋とはいえ、快晴の日差しはまだ強く、僕は時折、錆一つ無い真新しい模擬店の鉄骨に反射する陽光に目を細めた。
その、細めた視線の向こう側。
僕は、足を止めた。
黄色いスカーフに、グレーのセーラー服。見覚えのある制服。
加えて、見覚えのある顔。彼女はその小さな顔をきょろきょろと忙しなく動かしていた。
何かの間違いだと、双眸を見開く。しかし、僕の網膜に映る像がよりはっきりとするだけ。
一歩、二歩とよろけるように後退りする。じゃり、と、細かな小石をする音が僕の鼓膜を叩き、背筋を厭な汗が伝うのがわかる。
千夏と筑波が僕を振り返る。二人とも、きょとんとして、僕を見上げていた。
僕は全力で駆け出していた。どうやって二人を振り切ったのかはよく覚えていない。後ろの方で周が何かを叫んでいたような気がしたが、ほとんど聞き取れなかった。唯一の救いは、僕が手ぶらで登校していたことだろう。気がついたのは、自宅方向の電車に飛び乗ったときだった。学校から駅までの道程の記憶からは色も音も、何もかもが殺ぎ落とされていた。
みっともなく息を切らしながら、僕は空席だらけの電車の席に乱暴に越し掛ける。そして短い前髪を掻き揚げながら、抱えた頭の中で、何故? どうして? を繰り返す。
否応無しに、一人の名前が思い浮かぶ。
『堀川玲子』
僕の、中学時代の恋人の名だ。
マナーモードにしていた携帯電話には、筑波から2回、千夏から3回、さらには周からも1回の着信が入っていた。既に自宅へ戻っていた僕はそれを確認すると、マナーを解除し、机の上に置いてベッドへと倒れこんだ。
僕ははっきりと混乱していた。
玲子は僕の進路を知らないはずだ。けれど、それは誰かに聞けばわかる話。
わからないのは、彼女の目的。はっきりと、彼女の目的が僕だという決め手となる要素は無い。僕が通っている高校は、地元からは大分離れている。だから、この高校に進学したのも僕だけ。旧知の知り合いに会いに来たというのであれば、必然的にそれは僕ということになる。彼女がどうかは知らないが、僕は会いたいなどとは毛ほども思わない。
しかし、わざわざこんなに遠くまでやってくるには理由があるはずだ(彼女の通う高校から僕の通う高校まで来るには、僕が登校に要する時間よりさらにかかる)。
胸の内側から、焼け付くような不快感が外側へと向かって這い出そうとしてくる。狡猾ささえ感じるそれを服の上から強く、無理矢理押さえつけて首を振る。