迎春。-3
「そ、そうですけど」
「で、でも…ねぇ?」
わたわたと慌てふためく二人に、陽介はとどめの一言を放った。
「あとね。当日雪二君を迎えに行くの、優梨ちゃんにお願いするから。色々教えてあげて」
よろしく、とにっこり笑った陽介に、優梨は思わず立ち上がり詰め寄っていた。
「なんであたしなんですか!?てか、どうしてこの研究室に」
「だって、進藤教授のとこにしてみ?あのひがみ屋の事だから、陰湿な手段で雪二君の事を追い出すに決まってるじゃないか」
「でも…」
「それに、正直一人で講義をこなすのってキツいんだよね。学長もその辺の事、考えてくれたんじゃない?」
「けど、私雪二先輩の事あまり好きじゃ…」
尚も抗議する優梨に、陽介はとどめを刺した。
「…ま、僕のPCを壊した慰謝料だと思って」
「ひっ……!」
さっきまでの勢いはどこへやら、優梨の顔は一気に凍りついた。
「…よーくん、き、聞いてたの?」
「そーだよー。言ったじゃん、結構前からいたって」
相変わらずの笑顔が逆に恐怖を与える。
言外に「あの時どんなに大変な思いをしたか、よーく知ってるよね」、という無言の圧力を感じた優梨は、二つ返事で叔父の頼みを引き受けたのだった。
それからの数日間は大変だった。
雪二が使う机の上はジャングルと化していたので手始めにそれを片付けた。そのあと、噂を聞き付けて陽介に媚びを売り始めた女子生徒たちを見て、機嫌の悪くなった風子を優梨が一生懸命なだめ、雪二が使いそうな経済関連の本をかき集めた。
「やっと、終わった…」
雪二が赴任する当日に、優梨たち三人は迎え入れる準備を終えた。
「…何が疲れたって、あの女の子たちだよ……」
「そうですよね…。もしあの人たちがいなかったらもっと早く終わってたはずなのに」
「…………」
不貞腐れる風子に気付く陽介と優梨。
「…………」
「…………」
「……じ、じゃあ優梨ちゃん。もうそろそろ雪二君が来るから下で待っててくれるかな?」
「…わかりました」
陽介が引きつった笑みを浮かべて優梨を見た。何とかしといて下さいね、と目で合図を送ると、陽介はぶんぶんと首を縦に振って頷いた。
優梨は研究室を出ると、通用門のある駐車場に向かった。約束の二時まではまだ十分余りある。少し待つかもしれないが、研究室にいるよりはマシだ。
駐車場につくと、人影が見えた。――あの人だ。優梨の足は自然と止まっていた。
待たせてしまったという焦りと、まだ会いたくないという気持ちが同時によぎる。別人かもしれないという甘い期待は、すぐに捨てた。
優梨は小さく深呼吸をすると、ゆっくりその人影に近づいていった。街路樹を見ているのか、相手は背を向けていて全く優梨に気付かない。
ざざっ、と優梨の靴が音をたてたその時、その人は振り向いた。
「雪二……先輩」
少し驚いた顔をした後、定岡雪二は柔らかく微笑んだ。
「…こんにちわ」
二人が、五年振りに再会した瞬間だった。
「あ、あの…」
「…君が、『優梨ちゃん』?」
優梨がどうやって話し掛けようかとまごついている間に、雪二の方が先に尋ねてきた。
「えっ、あ…はい。そうです」
「菱川さんから聞いてると思うけど、今度お世話になる定岡雪二です。よろしく」
「は、はい。岸田優梨です。よろしくお願いします」
頭を下げてから再び雪二の顔を見た。そこにある笑みに、優梨は一瞬めまいを感じる。あの日の記憶が溢れそうになり、優梨は慌てて目を背けた。