幸代と瀬奈-1
翌日、瀬奈には何も言わずに幸代を車に載せて帰宅する海斗。海斗も幸代も不安でいっぱいであった。高い確率で瀬奈が荒れ狂う事は必至だ。暴れればそう簡単には収まらない。暴れればひたすら宥め続けるしかない。海斗の傷だらけの体を見ればその大変さは良く分かる。包丁で刺される覚悟を持って幸代は海斗の家を訪れようとしていた。
家に到着した。先日の修羅場が生々しく蘇る。幸代に緊張が走る。
「やっぱ止めておくか?」
海斗が心配する。
「いえ…。大丈夫です。」
「そうか。」
と答えながらも躊躇う海斗に幸代は言った。
「行きましょう。」
凛々しい顔だ。頼もしいの一言に尽きる。逆に勇気をもらった海斗も心を決める。
「ああ。」
2人は車を降りた。足取りが重い。まるで鉄の塊を引きずっているようだ。玄関の前に立ち鍵を開ける海斗。いつも瀬奈は中でニコニコしながら立って出迎えてくれる。
「お帰り…な…さ…い…。」
初めはいつものようにニコニコしていた。しかし幸代の姿を確認した瞬間、その笑顔は消えて行き、まるで能面のような不気味とも取れる表情に変わる。
「幸代さん…ですよね…」
顔をピクリともさせずに口元だけ動かして低い声で言った。
「はい。田崎幸代といいます。」
もう既に不穏な空気が流れ始めた。海斗が慌てて仲に入ろうとする。
「あ、あのな!幸代はな…」
そう言った海斗の言葉を遮るように怒鳴る瀬奈。
「あなたは黙ってて!!」
ビクッとしてしまった海斗。瀬奈は幸代をジッと見据えていた。
「図々しい人ね…。妻の前に堂々と現れるなんて…。」
もう瀬奈は錯覚の世界に入ってしまったようだ。怨念めいた視線に幸代はゾクッとしてしまう。言葉が出ない。蛇に睨まれた蛙のように。
「あなたもあなたよ…。いつまでこの女と浮気してるのよ…?いい加減にしてくれないかなぁ…?」
「す、すみません…」
思わず謝ってしまった海斗。それだけ瀬奈には狂気を感じたのであった。