Limelight-2
「──はぁぁ?!」
5日前。とある喫茶店において。俺は驚いていた。非常に。
その原因は俺の目の前にいる女の発言。本人は涼しい顔をしてコーヒーを啜っている。
彼女の名は上原 亜希。透き通るような白い肌。首筋を完全に覆うさらさらの胡桃色のストレートヘア。正直、美人なのだが。
「聞こえなかったの?」
かちゃん、とカップをソーサーに戻し、彼女は俺をまっすぐに見た。
「あたし、子どもがいるの」
そう言い放った彼女のその理知的な眼には、迷いも躊躇(ためら)いも、微塵も存在していなかった。
「こないだ3歳になった」
「いや、だってお前まだ──」
「二十歳、だから?」
ハタチ。彼女はそう言った。俺は二の句を繋げなかった。あまりにも、彼女は毅然としすぎていたから。
「あたしが17のときの彼氏の子。当然だけどね。あたしが油断してたのが悪いんだけど」
亜希は左の肘をテーブルに立て、ガラスの向こう側の通りのほうへと目を向けた。そこには3人の20前後──亜希や俺と同い年くらい──の若い女の子がじゃれあいながらウィンドウショッピングを楽しんでいた。
「そのときの男は‥‥?」
もちろん、俺もそこまで馬鹿ではない。当然予想はできていた。
「逃げた。あっさり。それであたしは学校辞めたの。それで、子ども生んでからは今の仕事してる」
亜希は俺のほうへ視線を戻そうともせず、遠い目で柔らかな日の差す若者の街を眺めて、もう一度コーヒーを啜った。
彼女は今、とあるIT企業の事務員として働いている。独学でワードやエクセルを学んだと言っていたが、亜希のパソコンの打ち込みスピードは驚くほど早い。キーボードに目を落とすことなく、指だけが魔法のようにディスプレイ上に文字を紡ぐ。俺がやるとどうしてもキーボードに集中してしまい、変換してみてようやく間違いに気付く。
思ってみれば、俺は彼女のことをあまりにも知らなさ過ぎたのかもしれない。ろくに顔も上げずに手元だけに集中しすぎたために、気がつけば見当はずれな文章を刻んでいた。
オールスター休みに出会った彼女とは、付き合ってもう3ヶ月近くなる。シーズンが再開されてからも時間を見つけては逢っていた。それでも、俺と亜希はお互いに深くまで探り合おうとはしなかった。俺はそれをただ単にクールな性格の彼女は自分をさらけ出したくないだけだと思っていたが、まさかこんな事実が隠されていたとは思いもしなかった。