投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

Limelight
【スポーツ その他小説】

Limelightの最初へ Limelight 2 Limelight 4 Limelightの最後へ

Limelight-3

「引いた? そりゃそうだよね。半年も付き合ってる彼女に実は隠し子がいました、だもんね。プロ野球選手がそんな女と付き合ってちゃダメだよね。圭介ももうちょっとで一流選手の仲間入りだもんね」

彼女は明らかに自嘲とわかる笑みを浮かべ、席を立った。

「まだ、何か言いたいことあったら、連絡して」

カーキ色のコートを羽織った彼女は叩きつけるように千円札をテーブルに置いて鞄を肩にかけると、足早に店を出て行った。そんなときまで、すらりとした彼女の姿は美しかった。

俺には、亜希を引き止めなかった。──否、出来なかったのだ。俺は突然の告白で混乱していたし、何より、かけるべき言葉が見つからなかったから。

そして、そのことを後悔するまでの時間も短かった。

俺はちっ、と短く舌を鳴らすと、椅子の背もたれに全体重を預けた。

テーブルの上の野口英世が俺を睨んでいる。

まるで「私には分からない」とでも言っているようだ。

俺にだってわからない。俺のとっては黄熱病の病原菌の特定よりも、彼女の全てを理解するほうが難解に思えた。

間違えた文章は、消去しなくてはいけないのだろうか。バックスペースにもデリートにも、指をかけられない自分がいる。

そのときの俺には、眼前のコーヒーがぬるくなっていくのを、ただ眺めることしか出来なかった。




その次に亜希に逢ったのが、昨日だ。

「何? 別れるなら別れるって、電話でいいじゃない」

何度もデートで来たことがあるこぢんまりとした薄暗いバーに呼び出された彼女は、ピーチフィズをそれと同じ色の唇から口内へと流し込んだ。そのグラスがカウンターに戻る前に、痩身のマスターが俺に水割りを出す。

「さっさと楽になりなさいよ。あたしが邪魔なんでしょ? 早く何億円も稼ぐ選手になりたいんでしょ? だったら──」

俺は彼女の額を2枚の紙切れで叩いた。ぺしん、と気の抜けた音が彼女の末尾を切り取る。

俺は亜希がその長方形の紙切れを掴むのを確認してから、わざと彼女の顔を見ずに言って手を離した。離した手でそのままグラスを持ち上げる。彼女はしげしげとその紙切れに目を落とした。

「明日だ」

からん、とグラスの中の氷が甲高い音色で鳴き、店内で流れるエリック・クラプトンに新たな音を加える。日本のR&Bユニットのカバーよりも、俺は断然クラプトンの原曲の方が好きだ。深い味わいのようなモノが、彼の歌声からは伝わる。

「明日、俺が先発するから見に来い」

本来、こういった言動は情報の漏洩に値するのだが、俺のチームが所属するリーグでは予告先発制がとられているため問題はない。

「何で2枚あるのよ?」

亜希がひらひらとチケットを振る。

「もう酔ったのか? よく見てみろ」

俺が鼻で笑いながら言うと、彼女はもう一度二枚のチケットに目を落とした。


Limelightの最初へ Limelight 2 Limelight 4 Limelightの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前