第五話 燃える基地-1
特攻の誘導を行ってから、数日が過ぎた。清水は二日ほど杉山の死を引きずっていたが、今では立ち直って普段とはあまり変わらない様子だ。
「ありゃりゃ、手袋が破れてる」
午後、偵察から帰投して機体から降りた西川上飛曹が、右手の指先に違和感を感じ、右手に目をやって残念そうに言った。はめている右手袋の人差指の指先近い部分が破れ、肌色の指が僅かに顔をのぞかせている。
「俺、裁縫は苦手なんだけどな」
西川は、ため息を短くついてから両手袋を外した。
「帝国軍人たるもの、裁縫の一つぐらいはできんとな」
森口が西川の手袋の様子を覗き込んでから言った。
「まぁ、できないことはないんですがね」
西川は肩をすくめて返した。
フィリピンが戦場になってからは、慢性的に物資が不足していた。燃料や弾薬はもちろん、手袋のような軍装品や、酒、タバコといった嗜好品までまんべんなく足りていない。多くの兵士が、軍装品は破損するたび自分で補修しては、だましだまし使用し、嗜好品などは少ない量を皆で分け合った。
「嗜好品はともかく、必需品くらいは滞りなく送ってほしいもんですね」
西川は、破れた部分をいじりながら言った。
「いや、酒を一番最初に持って来てもらわんと死んじまうぜ。あと、タバコだな! あれも送ってくれないと死んじまう」
「そんなものより、油がなけりゃ俺らは飛べないでしょう」
呆れた風に西川は即座に正論を言った。森口は言い返そうとしたが、よい反論が見つからなかったのか、むぅっと唸って黙ってしまった。そんな二人の後ろを付いていた清水は苦笑いした。
「上官が言いくるめられてんのを見て笑うんじゃねぇや!」
それに気づいた森口は振り返って、清水の頭を軽くげんこつを食らわした。小さな衝撃が清水の頭を揺らす。
「八つ当たりは大人げないですよー」
西川も振り返ると、よせばいいのに森口を煽る。
「うるせぇや」
森口はまた清水の頭にげんこつを見舞った。
「僕はなにも悪くないんですが」
頭をさすりながら清水は小声で森口を非難した。幸い、それは森口には聞こえていないようだ。
「取りあえず、上官をバカにしたり煽ったりするんじゃねぇ」
森口は鼻息を荒くしてそう締めくくった。
「だから、僕は何も言ってないのに」
清水はボソッとつぶやいた。
「なんか言ったか? 清水一飛曹?」
森口は、わざと人相の悪い顔を作って清水を睨んだ。
「なんでもありません」
清水はびしっと背筋を伸ばして失言を誤魔化した。
「よろしい。では、さっさと報告を済まして……」
森口が言いかけた時、けたたましくサイレンが基地全体に鳴り響いた。