第四話 靖国への誘導-2
キラキラ反射する海を見つめて清水は、杉山の泣きながら笑う顔を脳裏に浮かべ、ずれていた遮光眼鏡を掛け直した。
「あれは……」
進行方向右の水平線の先に、ゴマ粒ほどの黒い点がいくつか浮かんでいるのを清水は認めた。
「艦隊だ! 二時方向に艦隊が見えます」
伝声管ですかさず二人に伝える。
「でかしたぞ!」
「やっとだな」
森口、西川の両名も言われた方角に目をやる。確かに、船が浮かんでいるのが見える。
「高度を上げて接近するぞ。しっかり見張れよ!」
森口は操縦桿を手前に引き、それに合わせて彩雲も高度をぐんと上げた。
高度四千メートル。雲の隙間から三人は敵艦隊を見下ろした。二隻の空母が確認できる。狙っていた空母機動艦隊だった。
「空母だ! アメの空母を見つけたぞ!」
西川が狭い偵察席で小躍りした。森口も嬉しそうだ。清水ははやる心を抑えて、手早く冷静に情報を基地へ打電した。数分して『マバラカット基地より特攻機発進』と受信した。
「杉山君……」
清水は小さく友の名前を呟いた。飛行場で語り合った日から二日目、今日が杉山の出撃する日だ。伝声管を握る手に力がこもる。
西川は現在地とマバラカットの距離を計算し、特攻隊が通るであろう地点を割り出して森口に伝え、彩雲は高度を少し下げながらその地点へ向かった。
「あれか……仰角二十度、十一時の方向に友軍機多数だ」
伝声管から伝わってきた森口の声の通りに十一時の方向を清水は風防に張り付いて見上げた。
爆弾を胴体に括り付けた零戦が六機、一列になって飛行している。その上下を二機ずつ、こちらは増槽を抱いた零戦が一定間隔で護衛している。
彩雲は誘導のために、特攻隊の真横に並走するように付いて航行をはじめた。隊長機であろう編隊の一番先頭で飛ぶ零戦の操縦士が敬礼した。三人もそれを見て敬礼を返す。
「少尉、俺はこんな戦法に意味があるとは思えません」
西川は後ろの編隊をちらりと一瞥して、腑に落ちないといったように声を出した。
「言うな。上層部からの命令だ」
森口は前を向いたまま抑揚のない声で返した。
「ですがこれでは……!」
西川は意見を続けようとしてやめた。ここで言ってもどうにもならないと悟ったからだ。上からの命令だからといって特攻に納得はできなかったが、今言うことではないと、口をつぐんだ。
「杉山君の機体は……」
その後ろの清水は、零戦の垂直尾翼に書かれている機体番号を一機ごと見て回っていた。杉山から搭乗予定の機体の番号を知らされていたからだ。
「見つけた……」
小さく呟いた。機体番号201−125……。杉山の乗っているであろう特攻機は、列の最後尾を飛んでいた。ほぼ同時に、敵艦隊が水平線の彼方に見え始めた。艦隊上空には、十機ほどの直掩機がハエのように飛び回っている。
「そろそろだな」
森口は言うと、戦果確認のために機体の高度をゆっくり上げ始めた。特攻隊は列を解いてそれぞれが突入態勢に入る。護衛の零戦隊が先行して直掩機と艦船からの対空砲火の目を引く。
隊長機が彩雲の隣に付いて、最後の敬礼をする。そして、高度を下げて高速で弾幕の中を突き進み、駆逐艦に直上から突入した。続くように次々と他の特攻機も駆逐艦や巡洋艦に直上、低高度からそれぞれ突入し、火柱や水柱を吹きあげる。しかし、艦隊の中心の空母にはまだ命中弾がない。
艦隊を息をのんで見下ろしていた清水は、はっとして隣に付いた特攻機を凝視した。201−125。その機体の操縦士は、こちらを向きながら掛けている飛行眼鏡を額に押し上げた。よく知った顔が清水の目に飛び込んできた。
「杉山君! 杉山君!」
思わず風防を開け、身を乗り出すようにして出せる限りの大声で叫んだ。コクピット内に冷たい風が入り込む。前に座る西川が声と風に驚いて振り返るが、すぐに戦果確認のために特攻機や敵艦隊の方に目を戻した。
杉山は声に気付いたのか、清水に向かって笑顔で敬礼し、機体を横滑りさせながら敵艦隊の方へ一直線に向かっていった。清水は涙で滲む目を袖で拭って、その動きを瞼に焼き付ける。
杉山の操る機体は凄まじい弾幕をものともせずに突き進む。直前で対空砲火により左主翼が吹き飛ばされたものの、慣性に押されて見事、空母の後部飛行甲板に垂直に突っ込んだ。空母の飛行甲板は破片をまき散らして爆発し、炎に包まれる。
「空母に命中だ、大戦果だ」
最後の特攻が終わって、西川が燃える敵艦をカメラに収めながら、静かに言った。