久-6
お店を出て、駅まで2人でゆっくり歩きながら
さっきの雰囲気が嘘のように、会社の面白い話をして私を笑わせてくれた。
もうすぐ駅に着くところで通行人が誰もいないのを見計らって
ぎゅっと抱きしめられる。
「大久保さっ・・・」
そう言った私の唇に大久保さんの唇がもう少しで触れそうになる。
「ダメ」
別れそうだと言っても
はっきり別れていない彼の顔がよぎった。
向こうはとっくに不義理をしているのかもしれないのに。
「唇じゃないなら、いい?」
そう言って私の返事を待つ前に
首筋に触れるか触れないかのキスをした。
「痕は付けてないよ。これは俺が無理やりしたんだと思えばいい」
その言葉の後にもう一度抱きしめながら私の首筋に顔をうずめた。
「美緒・・・」
切なく呼ばれる自分の名前が。
これほど私の名前だと意識したことはない。
思い切り優しく囁かれたその名前が
私の名前だと認識するとすぐに身体がこの人を求めた。
それでも、本能のままに行動する勇気なんかなくて
そっと両手を大久保さんの背中に回せば
首筋をゆっくりと舐められた。
「んっ・・・」
「美緒」
その時、彼の事は頭の片隅から消えていた。