D.-2
「陽向の頑張ってるけど出来ない姿にキュンとしちゃうんだろーねぇ」
楓はニヤニヤしながらそう言った。
「出来ないとか言わないでよ…。まぁ実際同期の中じゃきっと…ってか絶対に最下位ですけど」
陽向はブツブツ呟きながらお通しのポテトサラダを箸で突ついた。
美味しそうだけど全然食べる気が起きない。
「まだピヨピヨしてる陽向が可愛くて仕方ないんだろうね」
「もう独り立ちしたのに?」
「独り立ちしたってうちらはまだヒヨッコでしょ。そのうちニワトリになれる時がくるからさ、そしたら『あー、あんなコトもあったなぁ』って笑い話にしよーよ」
楓はヘラヘラ笑った。
が、陽向は全然笑えなかった。
あの時突き飛ばした恨みを絶対いつかどこかで仕返しとして、どーにかこーにかしてくるに違いない。
瀬戸はそういう奴だ。
陽向は俯きながらビールの入ったジョッキを手に取った。
…てか、そもそも自分が何故こんなに傷付いているのかと言ったら、何なんだかよく分からない。
瀬戸に遊ばれているから?
進藤と付き合っていると嘘をつかれたから?
キスをされたから?
それとも…湊への罪悪感?
よく、分からない。
「陽向」
「…へ?」
「ボーッとしてるよ?まさか今日寝てない?」
「あー…。寝てない。気付いたら約束の時間になってて…」
そういえば、まだ1杯目のビールなのに視界が夢の中のようになっている。
夜勤明けで寝ないで飲むとこうなるのか…。
「顔もめっちゃ腫れてるし…」
「むくみだね…きっと」
楓はあはは、と笑った。
「元気出して、陽向。今日の事は忘れよ。大いに飲もう!」
「そーしよー!あ、でもこの事は絶対他の同期に言わないでね」
「言うわけないじゃん」
楓は笑いながら「だからあたしだけ呼んだんでしょ?」と言った。
「そう」
「大丈夫。誰にも言わないよ」
楓は陽向のほっぺたをプニプニと触った。
「もー、陽向ってば可愛いんだから。妹にしちゃいたい」
「同期でしょ」
「そーなんだけどね。男だったら絶対陽向の事好きになっちゃうなぁ」
「なんでよ」
「だって可愛いんだもん。ちっちゃいし」
「ちっちゃいは禁句!」
楓のからかいに、陽向が本気で怒る。
「あはははは!そんな怒らないのー!…てか、瀬戸さんが陽向のこと好きなのそーゆーとこだよ、絶対」
「なにが?」
楓は一息つくと「進藤さんも似てるもん」と言った。
「どーゆーこと?」
「進藤さんもわりと背低いじゃん?それに負けず嫌いだし、自分をしっかり持ってる。なんかオーラ違わない?あの人。きっと瀬戸さんはそーゆー人が好きなんだと思う」
「……」
「あたしよく進藤さんと勤務一緒になるの。その度に、あーなんか陽向に似てるなぁ…って思うトコがいっぱいあってさ」
「え、どこが?」
「しっかりしてるよーに見えてドジなとことか。この間なんて自分で作った点滴持ちながら『点滴がない!』ってオロオロしてて、ちょーウケた」
「あはは!それウケる!」
「陽向もよくやってるでしょ」
「そぉ?」
「そーだよ!」
2人でケラケラ笑う。
「守ってあげたくなっちゃうんだよ、きっと。瀬戸さんって結構口調キツいじゃん?でもそーゆー言い方しか出来ないんだよ。恥ずかしいのかな?優しくするのが。でも悪い人じゃないと思うんだ。今日のコトは忘れるのはいーけど、瀬戸さん自体はこれからも一緒に仕事してかなきゃいけない人だし、態度は変えちゃダメだよ陽向」
「……うん」
「仕事はね、プライベートは表に出しちゃいけないよ、絶対に。出したらこっちが負けなんだから。少しでも気まずい雰囲気出したら仕事やりづらくなるでしょ?だから平静を保たなきゃ。…あたしも協力するからさ」
楓は「ね?」と言うと、陽向の肩を掴んだ。
「う、うんっ…」
全然飲んでいないのに泣き上戸がニョキニョキと顔を出し、涙腺を活性化させる。
「か、かえでぇ…」
「あーもう、泣かないのひなちゃん」
楓は母親のように、泣きじゃくる陽向の頭を撫でて笑った。