第二十二話 潰走-3
「ぐぅ……」
腹部に走る激痛に呻きながら、北沢はゆっくり砲撃痕の縁にうつぶせで寝ころんで機関銃を据え、米兵が通ってくるであろう場所に照準を合わせた。替えの弾倉は取りやすい様に身体のすぐそばに置いた。
「おー、早いな」
しばらくして遠目に数人の米兵の姿を認めた。方々を警戒しながら近づいてくる。北沢はニヤリと笑って機関銃の安全装置を解除した。
「お前らにもサイパン土産だ」
軽機関銃が火を噴き、運悪く射線上に居合わせた米兵を貫いた。ドッと血を吹きだして倒れる米兵、他の米兵はサッと辺りに散り、即座に反撃の銃火が瀕死の北沢に襲い掛かる。
「おらおら! もっと腰入れて撃ってこいやーっ!」
笑いながら、敵兵を煽りながら、北沢は引き金を引き続ける。極度の興奮状態のためか、さっきまでの激痛が嘘だったかの様に痛みは感じない。
弾切れを起こし、弾倉を取り替える一瞬の隙に手りゅう弾が二、三個投げ込まれて足元に転がった。それでも北沢は気にすることなく弾倉を取り替え、再び射撃を始めた。
「射撃始めぇ!」
シュタタ! シュタタタタタタタタ!
小気味よい発射音が耳に響く。
米兵らは、手りゅう弾を投げ込まれても逃げようとも隠れようともしない敵兵に不気味さを覚えた。あいつは死に恐怖しないのか? それとも不死身なのか? 彼らはわずかに恐怖にたじろいだが、それも杞憂に終わった。
銃身を真っ赤にして奮戦し続けた九六式軽機関銃が、最後の一発を撃ち終わったとき、髭面の射手の足元に転がっている手りゅう弾が一斉に炸裂し、射手をただの肉片に、機関銃をただの屑鉄へと変えた。
タナパクへの道なき道を行く杉野らの耳に、後ろから機関銃を撃つ音が聞こえ始めた。何十秒もそれは四人の鼓膜を叩き続けたが、爆発音がしてその余韻が消えると、もう機関銃の発射音が聞こえてくることはなくなった……。
杉野は一瞬だけ足を止めたが、後ろを振り向くことはなくすぐにまた歩き出した。彼の右手は無意識に、妻の写真を胸ポケットの上からぎゅっと握っていた。