鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 4.-15
陽太郎は友梨乃の電話番号を開いて発信を押した。待たされることに怒りは起こってこない。呼び出し音を聞きながら、もし寝坊しているところを起こされたら、友梨乃はきっと必要以上にしょげるだろうから、どう優しい言葉で起こそうかと思案していた。
「もしもしぃ〜?」
しかしスピーカーから聞こえてきたのは別人の声だった。
「智恵さん?」
「せやで。ヨーちゃん、何か用? ……っしょーもないダジャレ!」
智恵は一人で笑っている。
「ユリさんは?」
「ん〜……、知らんよぉ」
陽太郎は嫌な予感がしてきた。智恵はあっけらかんとした声を装おうとしているが、端々で声が震えている。
「何かあったんやろ?」
思わず敬語を忘れて詰め寄るような喋り方になっていた。
「そんなコワい声出さんといてよぉ、ヨーちゃん。ウチ、何もしてへんよぉ?」
「ウソつけっ……。ユリさん……、ユリどないしてん?」
智恵は全裸のままリビングのソファに腰掛けていた。時計を見ると、これから準備をするにも出勤時間まであまり時間がない。
(遅刻したら、店長に辞めるって言うの言いにくいなぁ……、急ご)
頭を掻きながら、今起こってる状況を努めて忘れようと、はあっ、と電話の向こうの陽太郎にも聞こえるように溜息をついた。
「……おい、ユリどないしてん、っちゅーてんねんっ!」
「知らん。……朝起きたら、おらんねん。どこ行ったんやろなぁ」
陽太郎のところにもいないのか、と智恵は思いながら立ち上がると、「……ホンマに、どこ行ったんやろね」
「昨日ユリに何してん」
「何もしてへんて。ユリが『ヤリたい』って言うから、いつもどおりエッチしてあげただけ」
「ウソつくなっ!」
陽太郎が語気を荒らげて言うと、
「うっさいボケッ! ユリも何回もイッとったわ!! ……何も悪ない。……ウチ、何も悪ないわ!!」
智恵も陽太郎に負けない勢いで罵声を上げた。しばらく静寂を置いた後、元の声調に戻して、「ほな、ヨーちゃん。ウチ、仕事行かなアカンから」
突然切られた電話を見ながら、尋常でない焦りに見舞われた。一昨日陽太郎の家から二人で出勤するとき、見ていて微笑ましくなるほど、ディズニーランドを楽しみにしてはしゃいでいた友梨乃が、携帯を置いたままどこかへ消えてしまうなど、智恵に深く傷つけられたに違いない。きっと今頃、誰にともなくすぐに謝っているのかもしれない。きっとどこかでまた泣いている。陽太郎は人にぶつかりながら地下鉄の階段を降り、家路を急いだ。早く身を変えなければ。必ず見つけ出す。すぐに飛び込んでこれる、友梨乃が好む女の姿で抱きしめよう。鍵だけ持っていても仕方がない。