鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 4.-14
張り倒されて床にこぼれていたビールの上に倒れこんだ友梨乃は、まだ衝撃に脳を揺らしながらも二の腕に染みてくる感覚に、陽太郎の服を汚したくなくて何とか起き上がろうと身を蠢かせた。だが、すぐに智恵が無理矢理に仰向けに引き向けて馬乗りになった。
「……ん? ヨーちゃんがどうしたって?」
智恵に真上から顔を覗きこまれて、また両手で顔を塞いで泣こうとしたが、手首を掴まれて頭の上で床に押し付けられた。「ユリぃ〜? 誰に向かって言うてんのん?」
視界が揺れ歪む中の智恵の表情は、淫虐に満ちて薄ら笑いを浮かべていた。
「智恵……」
「ほらぁ、謝って? ……謝ってくれんと、ウチ、何するかわからんよ?」
「……やだよ、智恵……。もうやめて」
智恵は傍らに落ちていたディルドを掴むと、友梨乃の唇に強引に突き立てた。友梨乃が手で払いのけようとしても、元来の力は智恵の方が強く、頭の上に組み敷かれた腕も振り払うことはできなかったし、顔を背けた頬を巡って唇を追い込んでくる索漠とした亀頭を押し返すこともできなかった。智恵は力の限りの暴威を全て友梨乃に向けていた。
「ユリ。ほら、はよぅっ!」
「……もう、や……」
友梨乃の唇が緩んだところへすかさずディルドを口内に突っ込む。喉の奥まで突き入れられて、えづいて咽せた声を漏らし、智恵の太ももに挟まれる下で胸躯を波打たせる。
「あ、あの……、わたし」
智恵の突然の狂気に驚き、何も言えずにいた美夕が、意を決してかすれた声で言うと立ち上がった。「か……。……帰ります。ち、智恵さん、ありがとうございました……」
小走りになって玄関の方へ向かう。
「あ、美夕ちゃーんっ」
玄関で靴を履いている美夕に向かって、智恵が跨って背を向けたまま首だけ振り返って呼び止めると、美夕はビクッと体を揺らし、
「あ、はい……?」
恐る恐る返事をした。
「……もう、ヨーちゃんのとこに行ったらあかんよ? はよ大阪帰りぃ? 新宿から夜行バスが出てるから、今からなら間に合うし。週末やないから、まだ普通に空いてると思う」
「は、はい……。わ、わかりました」
「美夕ちゃんの代わりに、ユリのこと、ウチが懲らしめといてあげる。ごめんねぇ、ユリが変なことして」
「え、……、あ、あの……」
美夕は何と答えてよいか分からず、口を開いては閉じていたが、結局何も言わずぺこりと頭を下げるとドアを急いで開閉して出て行った。部屋にはディルドを口に含んだまま漏らす友梨乃の歪んだ泣き声だけが残った。
「二人きりになったねぇ……、ユリぃ」
智恵はディルドを友梨乃に捻じりこみながら、跨っている体を脚の方にずらしていくと、友梨乃の首筋に吸い付いた。キスマークをつけていく。
「あがっ……、ひ、ひえ……、やめふぇ……」
ディルドに口内を満たされてうまく抗いの言葉も言えない。
「ん? ユリ、謝る気ぃになった?」
智恵がディルドを引き抜くと、友梨乃は床に胸からこみ上げてきた逆流が混ざった泡だった涎を床にこぼしながら咳込んだ。脳天の髪を捕まれ力強くと真上に引かれると、友梨乃は暫く唇を震わせていたが、
「……ごめん、なさい……」
と智恵の眼に向かって呟いた。
「何? 何に、『ごめん』なん?」
うぅっ、と呻きを漏らした友梨乃は目を閉じた。自分のせいでめちゃくちゃになってしまった。誰か一人に謝って済む話ではないのだろう。その思いが体中を搾り捩ってきて、千切れてしまいそうな痛みに苛まれながら、
「ごめんなさい……。もう……、やだ」
と漏らして、再び目尻から涙をこぼした。
陽太郎は茅場町一丁目の交差点で待っていた。通勤時間だから夥しい人が永代通りや新大橋通りへと足早に歩いて行く。陽太郎は友梨乃のマンションの方角から来る人々に彼女の顔を探したが、顔が認識できる距離へ近づいてくる中に見つけることはできなかった。来る途中、高校時代にアルバイトをしていたサンドイッチのチェーン店があったから、友梨乃の分も合わせて買っておいた。行く途中に食べてもいいし、着いてから食べてもいい。友梨乃は一人で全部食べられないかもしれないが、残りは自分が食べる。ピクルスとピーマンが苦手だと言っていたから、二つ買ったどちらからも抜いてもらった。相変わらず地下階段からどんどん人が昇ってくる。混んでいるだろうから日比谷線で行くよりも、ここから八丁堀まで歩いて京葉線に直接乗ったほうが良いかもしれない。手を繋いで、笑いあいながら歩くのだ。
陽太郎は携帯を取り出して時間を見て眉を顰めた。約束の時間はとっくに過ぎていた。真面目な友梨乃が無連絡で時間に遅れるなんて想像できなかったが、一昨日あまり寝ずに昨日一日、開閉店時間で働いている。疲れて寝坊しているのだろうか。待ち合わせ時間が少し早すぎたかもしれない。