鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 4.-13
智恵は肩を揺らして、本当に可笑しそうに笑った。
「今も見たこと無いなぁ、って服着てると思ってたら、そーいうこと? スゴいな、ヨーちゃん、そこまでしてくれたんや?」
そう、陽太郎はそこまでしてくれた。友梨乃への思いを抑えられず、衆目に晒されてでも女の衣服を着てやって来てくれたのだ。そして、友梨乃を本物の女にしてくれると言ってくれた。だが嗤い声を聞いていると、智恵はそうは思っていないようだった。友梨乃が陽太郎にそれを強いたことにしている。美夕にもそう思わせようとしている。
「ち、ちがうよ、智恵。そうじゃない……」
「何がちゃうのん? 彼氏に女装させてヤるとかありえん」
「最低……、きしょい」
美夕の呟きが聞こえてきた。汚穢を見るような瞳でこちらを見ている。
「……せやね。さすがにコレは、きしょいわ」
智恵が賛同する声が聞こえてきた。友梨乃は睫毛を震わせて何度も瞬きをした。瞬きをしているのに視界を周囲から埋めてくる黒い淀みが去っていかない。
「ち、智恵……」
「ん? ど〜したん?」
友梨乃が俯いて髪に顔を隠したまま言うと、智恵は手を組んで握った甲に首をかしげるように顎を乗せ、口元に蔑みを湛えて友梨乃を向いた。
「……智恵の口から、……聞きたくなかった」
「何のことぉ?」
女物の衣装の選び方も化粧も自分が教えたのは確かだが、陽太郎は自分から積極的にそれを受け入れ、身に馴染ませていったのだ。友梨乃のために。だが中学以来、友梨乃を苦しめていく泥濘に突き落すきっかけとなった言葉を、自分を救ってくれた智恵の口から聞いて友梨乃は惑乱し始めた。突然女装してやってきた陽太郎を追い返さなかったのは誰だったか。似合っていなかったコーディネートを是正し、ノーメイクだったその顔を仮飾して自分好みの顔に仕立てあげたのは誰だったか。陽太郎が女装してやっと体に触れることができるようになったのは? そして今や陽太郎は、友梨乃と弄り合う度に女の喘ぎ声を上げている。友梨乃との情愛に呼応して身を熱くしているのか疑わしい。陽太郎は、より女に近づいた姿を友梨乃の前に晒して、しかし股間に残っている男茎が勃起しているのを不様に思っている。彼は女装した自分自身の不様な姿に興奮して、含羞に刺激されて欲情していたのではないのか。普通ではない。狂わせてしまった。自分が変わりたかったがために。
「智恵だけは言わないって思ってた……!」
友梨乃は両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。「……だって! ……本物になりたかったんだもん、智恵……!」
「そやからヨーちゃんに女装させて……、夜はオナってたんやねぇ? ユリ、してんのバレてへんとでも思った?」
智恵は自分の背後に隠し持っていた巨大な双頭ディルドを友梨乃の膝の前に投げ置いた。鈍い音を立てて床を弾ねる。
「……! ……美夕ちゃんに見せたの? ……ねぇ、どうしちゃったの、智恵? なんでこんなことするの? ねぇっ……」
涙に暮れながら訴えるが、智恵はまだ平然としながら、
「美夕ちゃんが『レズってどんなんですか?』って聞くからね。モノ使って説明してあげたわけ。ま、美夕ちゃんに使うわけにはいかんから、ユリ、こーいう感じでされるん好きなんよー、って口で説明してあげただけ。……ね?」
と同意を求めると、思いがけず友梨乃が悲嘆に狂いそうになっている様子に怯んでいた美夕は、かすれた声で、はい、と言うだけだった。
「……智恵が使い始めたくせにっ……」
「何言うてんの。よー見て? ソレ」
智恵は顎で床に転がるディルドを指し示して、「ふたつついてるやん。それは、二人で、使うモンやろぉ?」
智恵とセックスをする時、友梨乃はディルドを使うのは嫌いだった筈だ。しかし何度も自慰をはたらくとき、この虚偽の男茎で濡れそぼった内部を擦った。視界の中で緩いVの字を描く二つの亀頭が歪んで見える。そう智恵に言われると友梨乃は何も言い返すことができず、肩を時々跳ねさせて嗚咽でしゃくりあげることしかできなかった。
「一人で使うてても、つまらんかったやろぉ?」
少しだけ残っていたビールを飲み干すと、智恵は床に空き缶を転がした。膝立ちになって友梨乃に近づいてくる。友梨乃は顔を覆ったまま項垂れている。
「ユリぃ」
「……ちがう。……ちがうよ……」
喉から濁る声を漏らしながら首を振った。
「……ユリ」
智恵が優しい声で友梨乃の肩に手を置いた。「無理して男と付き合って、女装までさせんでもよかったのに」
「ちがう……、陽太郎くんは、……ちがうよ、智恵」
「ユリ」
もう一度優しい声で呼びかけられると、友梨乃は顔から手を離して智恵を見上げた。穏やかな笑みを浮かべていた智恵の黒目が突然閃光がギラついたと思うと、頬に激しい痛みを感じて友梨乃は床の上に倒れこんだ。
「ち、智恵、さん……」
突然の暴力に、二人の様子を見守っていた美夕の驚いた声が聞こえる。