鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 4.-12
かつて恋慕を向けた智恵に改めて聞かれて詰まったが、
「好き。……私も、陽太郎くんが大好き。これでわかったでしょ? 別に、私たち――」
友梨乃が言っている途中で、髪を垂れ下げて俯いている美夕が呟いた。
「……くせに……」
「ん〜、どした? 美夕ちゃん?」
美夕が髪を振り乱して顔を上げた。眉間に深くシワを刻んで、眉がつり上がっている。瞳は血走って激憤に猛り狂っていた。
「レズのくせに!! ……こんなことして何がおもろいねん!!」
叫びが友梨乃を貫いてきて思考が停止する。智恵は友梨乃の瞳から俄然戦意が喪失してゆくのを見て口元に笑みを湛えた。
「……せやて」
「ち、ちがう……」
「ウソつくなっ! 智恵さんに全部聞いたわっ!」
美夕が自分を見る目が、恋敵へ向けたものでは無くなっている。愚劣で悪辣な、友梨乃の穢身を蔑む色だ。「ちょっと人より可愛ぃて、胸大きいからって……。人の男引っ掛けて惚れさせて、喜んでるんやろ? サイッテーやな、自分。……『好き』とか言うてるんも、そうやって好かれてモテて、自分が気持ちよくなりたいからやろ? ……ほんまは女が好きなくせにっ。女が好きなん隠すために、先輩のこと使おうとしてるんやんけ!」
「ち、智恵っ……!」
友梨乃は力が抜けて前に倒れ込みそうになって両手をフローリングに付いて、信じがたいモノを見るような瞳で智恵の方を見やった。
「私、なんも変なこと言うてへんよぉ? ホンマのこと言うてあげただけ」
「私……、別にそんなので、陽太郎くんと付き合ってるわけじゃない……」
友梨乃は美夕と智恵どちらに向けて言ったのか分からない呟きを漏らしたが、
「ん〜? ほんじゃ、何なん?」
智恵が陰湿な笑みを浮かべて友梨乃へ問うてくる。友梨乃が陽太郎と付き合い始めた理由は智恵も疾に気づいている筈だ。「マジもんのレズのあんたが、ヨーちゃんと付き合ってあげてる理由」
友梨乃は涙の溜まってくる怨嗟の瞳を智恵に向けて唇を震わせた。最初は智恵が思っている通りの理由だった。けれど今は違うのだ。
「……もてあそんでるわけじゃない」
しかし友梨乃が言えたのはその一言だけだった。
「ん? 誰もそんなん言うてへんけど?」
「智恵……、ちがう」友梨乃は智恵の方へにじり寄って、フローリングに置かれたビール缶を倒した。「……ちゃんと、陽太郎くんが好きなの。ね、智恵。ほんとなの……」
友梨乃は瞬きをする度に涙を落としながら訴えた。智恵は慌てる様子もなく転がった缶を手に取り、
「『ちゃんと好き』って意味わからんやん?」
こぼれたビールは放置したまま、缶に口をつけて残っていたものを飲んだ。
「だから……」
言葉を必死に探して言おうとする友梨乃に被せて、
「ほんじゃ、ユリ。もうヨーちゃんにさせてあげたん?」
と、いつかしてきた質問を再び向けてきた。すぐに返事を返せない友梨乃をニヤリと見やって、「……まだ、なんやね? その顔」
「……してる。してるよ……」
「ふーん。手ぇで?」
「……」
「わかんねんで、ユリ。私。……あんたと何回してきたと思てんの? あんたがまだニセモンのまんまってことくらい、見てたら分かるわ」
智恵の口から聞きたくない言葉が聞こえてきた。しかも美夕もいる前で。
明日なんだ。明日が過ぎれば、きっとそうではなくなる――。
「ちがう……、……ちがう」
友梨乃は伏せた顔を両手で覆って大きくかぶりを振った。泣いてはいけないのに悲声が溢れてくる。陽太郎は本当に自分を愛してくれている。自分も本当に陽太郎を愛することができている。ただその証を二人で成していないだけだ。それも陽太郎が時間を費やしてすぐ直前まで導いてくれている。手でしなければならないのも今日までだ。
「ソレっぽいことはしてるやろうけどなぁ? ヨーちゃんも付き合ってたら、ヤリたーてしゃーないやろうけど、ユリにはでけんから、ハメさせてはないんやろけどね?」
「やめて……、智恵、そんな言い方……」
露骨な侮蔑だったが、陽太郎との営みを見事に言い当てていて、恐ろしくなってくる。友梨乃はそれ以上智恵の言葉が聞こえてこないように、髪を揺らして激しく左右に振っていた。違う。手で弄り合っていても、自分たちは本物だ。
「……ユリもヨーちゃんに気持ちよーしてもらってるんやろ? あんたがしてもらおうと思ったら……、なん? ヨーちゃんに女のカッコでもしてもろた?」
智恵の言葉に友梨乃はハッとなって、かぶりを振るのをやめて智恵を見た。何故知っているのかという顔をしてしまった。智恵は友梨乃のその表情を見て、一瞬目を見開いたが、やがてその表情は嗤笑へと変わっていった。
「マジで!? ……ウソやん、シャレにならんわぁ!」