おきてがみ-1
あまり使われない箱から古いカセットテープを取り出した。
背表紙の曲目を確認して再生する。意外にも音は綺麗に流れてきた。
今は朝、明るい日差しが窓から差し込み、ひかれるように部屋の主の女性は窓を開けて朝の空気を受け入れた。
風にのり懐かしい曲が部屋に広がっていく。部屋の中には段ボールが均等に配置され、生活の終わりを告げていた。
今日、この部屋を旅立つ。
机の上には古いループタイとアヒルのぬいぐるみが特別におかれていた。その二つを手に取り、ほほえむ。
彼女の祖母はとてもハイカラな人だった。
いくつになっても顔にクリームをつけて眠る習慣はくずれなかったし、白髪は許さなかった。どこに行くにも必ず帽子をかぶり、またそれがとても可愛らしく似合っている。
関西人なのに納豆を好み、関西人なのに巨人の大ファンだった。ガーデニングが大好きで、家はいつも花や植物にあふれている。
笑顔が花のように愛らしい、とても美人で気さくな人だった。
このアヒルのぬいぐるみは彼女がイギリスに留学した時にお土産で買って帰ったものだった。彼女の祖母は喜び、ベッドの枕元に大事に飾ってくれていたのを覚えている。
花のように愛された女性。そんな女性が愛した人が彼女の祖父だった。
祖父は戦乱の中に生まれ、戦場から生きて帰ってきた旧日本兵。戦後の世界を生き抜き、一代で会社を築きあげ、今もその形は残っている。
手先が器用で、油絵、水墨画、賞をとるほどの腕前をもつほどだった。
決して厳格なわけではなく、自由にのびのびと子供たちが育てるように、たくさんの愛情を惜しみなく与えてくれた。
彼女の記憶には笑顔の祖父母しかでてこない。
車の運転が荒い祖父。道を覚えて案内するのはいつも祖母だった。
にこやかな二人でも結婚当時の写真はとても厳しい顔つきで、戦乱の中という緊張感が伝わってくる。
古き良き時代の前、現代にはない、しまりがそこにはある。不謹慎かもしれないが、彼女はその写真をみて、かっこいいと思った。
「浅井、か。」
彼女の名前は北野由香、もうすぐ浅井由香になる。
ピンポーン
チャイムが来客を知らせ、玄関に向かった。レンズを覗くと見慣れた姿がある。
「おはよう。いらっしゃい、一馬。」
「おはよう。準備はどう?終わった?」
「うん、ばっちり。あとは引っ越し屋さんが来るのを待つだけ。」
会話をしながら当たり前に由香は一馬を部屋に招き入れた。彼の名は浅井一馬、由香の夫になる人だ。
一馬は机の上の荷物に気付き、気にしながら生活感のない部屋の床に座った。