〈我ハ“八代”ナリ〉-2
『……う〜…分かってくれるか?……う〜……ワシの無念を分かってくれるのか?』
この老いさばらえた醜悪な老人の親子愛と、息子の出世欲が全ての元凶だった。
被害届を出せないのを良い事に、孫娘達を拉致し、それをネタに失脚させようという浅ましくも悍ましい魂胆が、銭森姉妹の破滅の意味だったのだ。
『私が警視総監になった暁には、君には望むままのポストを与えよう。これは男の約束だ』
『ありがとうございます』
欲・欲・欲……正義は悉く(ことごとく)討ち破られ、鬼畜と呼ぶに相応しい男達は、不敵な笑みを湛えて勝利に身を捩らせる……この三人は、サロトやタムルと何ら変わりはしない……心身から腐臭を発する下衆だ……。
『ところで君は解雇通告を受けたようだな……麻里子達の失踪を銭森の爺に直言して……ま、そんな不当解雇など、私が警視総監になれば、何時でも撤回して復帰させてやる』
『……はっ』
八代の表情はピクリともしない。
まだ自分の“仕事”が残っている事を知っているのだ。
『あ〜……君もワシも……う〜……叩くと埃が出る……う〜……誰にも知られてはならないドス黒い“埃”が……』
老人の瞳はギラリと光る……それは狂気を孕んだサロトをも上回る殺意に満ちたものだった。
『う〜…分かってはおろうが……あ〜……日本ではしてくれるな……あ〜…そうゆうのはだな……う〜……命の値段の安い国で“済ます”ものじゃ……』
『仰せのままに……』
八代は瞳に緊張感を湛え、唇を真一文字に結んだ。
老人の言葉の意味は、既に理解しているのだ。
『そうなれば君に私からプレゼントをしよう。腕の立つパートナーを一人な……悪く思わんでくれ。万が一などあっては困る』
『あ〜…分かっておろうが……う〜……今の君は警官ではない……う〜…つまりワシらと君には関わりが無い……あ〜……何があっても君だけに責任がある……う〜…つまり……確実に《処理》せよ!……こうゆう事じゃよぉ……』
『お任せ下さい。必ずやご期待に応えてみせます』
八代はクルリと向きを変えて扉を開け、部屋を後にした。
と、既に扉の向こうには一人の男が立ち、八代を待っていた。
短髪に刈り上げて黒いスーツを纏う、30代くらいの男だった。
『……俺が名乗る必要は無いだろう……さあ、行こうか……』
『……そう、だな……』
八代を先頭に長い廊下を進み、螺旋階段を下りて二人は消えた……目指す場所は、何処あろう、あの国しかあるまい……。