異変-7
幸代が居なくなっても瀬奈は暴れ続けた。海斗からしてみれば全く意味も分からなければ理不尽な言葉を叫ばれながら瀬奈の暴力に耐えていた。そんな状況でも必死に瀬奈を宥めようと一生懸命だった。
やがて瀬奈の発狂も収まってきた。海斗の体を叩く回数も減り、叫び声も収まる。ようやく肩を震わせ泣くだけの状態になった。
「大丈夫だ、瀬奈。大丈夫…」
背中と頭を優しく撫でる海斗。自分の体の痛みよりも瀬奈の心の落ち着きを取り戻させる事を優先的に考えた。そしてふと海斗の耳元で弱々しい瀬奈の声が微かに響いた。
「ごめん…、ごめんなさい海斗…」
ようやく瀬奈が我を取り戻した事に気付いた。海斗の手から緊張感が消え力が緩む。
「悪かったな、驚かせて。まさか幸代が来るとは思ってなかったから…」
瀬奈は海斗の首筋にピタリと当てていた顔を離し俯きながらも海斗と対面させた。
「違うの…海斗は悪くないの…。これが私なの…。本当の私なの…」
瀬奈は海斗と見つめ合うのが怖かった。こんな自分を知った海斗にもう追い出されても仕方がないと思ったからだ。きっと自分の事をキチガイに思い気味悪く思われたんだろうなと思うと海斗の目が見れなかった。
「ごめんなさい…。私、もう出てくね…。」
何のあてもないがもう一緒には居てくれないだろうと覚悟した。
「まだ何もはじまったないだろ?」
海斗はそう言って瀬奈の両頬に手を当てて顔を向かせた。
「えっ…?」
思わず視線を合わせてしまった瀬奈の目に映る海斗は冷めきった自分を暖めてくれるような、そんな表情をしていた。
「おまえはまだ本当の自分を俺に見せてくれていなかった。でもようやく本当の瀬奈を見せてくれたばかりじゃないか。これからだろ?自殺しようとしたおまえを釣ってしまい、おまえに生きる選択肢を与えてしまった俺の責任を果たすのは今からだよ。責任を果たす前に居なくなるのは許せないな…。勝手に居なくなってもらっては困るよ。」
予想外の言葉に驚く瀬奈。
「で、でも見たでしょう…?私の奇行…。気味悪いでしょ…?」
「それがおまえを苦しめるものならば、それを何とかするのが俺の責任だって事だよ。一人で悩むな。俺もまぜろ。」
「か、海斗…」
今まで生きてきて一番嬉しかった言葉と気持ちだ。瀬奈は涙がこんなに熱く感じた事はない。温かい涙が瀬奈の頬を緩やかに流れた。