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サイパン
【戦争 その他小説】

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第十八話 崩壊へ-2

 ジャングルの中を、米軍に追われながら後退する部隊がここにも一つ。
「さすがに重く感じるな」
 ずしりとのしかかる機関銃の重みに、たまらず北沢は毒づく。
 北沢は右手に小銃、左手には機関銃の銃身交換のための取っ手を掴んでいる。機関銃は二人係で運んでいて、後ろは大井上等兵が同じように右手で小銃、もう片手は機関銃の台尻部分を持っていた。
 九九式軽機関銃の重さは約十一キロ、それを二人掛かりで運んでいるので、鍛えている北沢にとってはその重さはさほど重くは感じないはずだ。
「まる二日は何も食ってませんからね」
 大井が荒い息で原因を述べた。外部からの栄養摂取がなされていないために体力が下がっているのだ。なんとなく感じる脱力感もこのためだろう。
「補給がなきゃ持たんぜ」
 北沢がそう後ろの大井に向かって言った。
 彼らの小隊は、輸送船が沈んだ時に壊滅状態と言ってもよいほどの被害を受けたが、今はそれよりもさらにひどい状態になっていた。小隊の人数はすでに十五人にまで減り、小隊長の少尉は手りゅう弾の破片を浴びて戦死し、もう一つの分隊長を務めていた軍曹も戦死してしまっている。最高位の北沢が残った兵を必死で率いているのだ。補給も受けていないので、弾薬、食料、飲料水、医薬品も少ない分を分け合って耐えている状況だ。
 機関銃の弾も残り少なくなってきている。銃身は当初、予備含めて三本あったが、すでに使用可能なものは装着している一本だけになってしまっている。
 ドン。
 人影が右横の茂みから飛び出してきて、北沢とぶつかった。
「おっと」
「オウッ」
 両者はよろめいてほぼ同時にうめき声をあげた。そして、お互いにぶつかり合った存在を確認して、両者は目を見開いた。
「アメ公!」
「ジャップ!」
 息を合わせたように互いの陣営に対する蔑称を吐いた点は同じだったが、二人が取った行動はまるっきり違っていた。
 米兵はライフル銃を構え、銃口を北沢に向けた。引き金にはもう指を掛けている。
 だが、それを予測していた北沢。瞬時に自らの右手で持っていた小銃を投げ捨て、米兵のライフル銃をガッと掴んで抑え込み、自らに向けられていた銃口を足元の地面へと強制的に変更させる。
 米兵の放った銃弾は北沢を撃ち抜くことはなく、地面に突き刺さって土を跳ね上げる。北沢はひるまず、左手に握っていた銃身を機関銃から引き抜き、米兵の首元めがけて力任せに振り下ろした。
「おらぁ!」
 骨が砕ける嫌な音がして、米兵は倒れる。首は変な方向に曲がり、鮮血と共に折れた骨が皮膚から飛び出ていた。
「クソアメ公が」
 折れ曲がった銃身を捨てて、小銃を拾い上げてから北沢は、未だ小刻みに痙攣をしている米兵の死体を睨み付ける。その目には、普段の陽気な彼の影は微塵もなく、どす黒い死人の様な瞳があった。周りの兵士たちはその形相に生唾をのむ。
「隊からはぐれたんでしょうかね?」
 大井は崩れた体勢を整えながら言った。北沢が急に銃身を引き抜いたので、バランスが取れなくなり派手に尻もちをついてしまっていた。
「わからんが、さっさとここから下がった方がいいのは確かだ」
 死人のような瞳のままで北沢は言う。大井はこの様な北沢に慣れているのか、別段気にも留めないように
「賛成! 賛成!」
 と普段と変わらぬ調子で軽く笑顔で同意した。しかし、彼もまた一瞬で顔を変えて大声で叫んだ。


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