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サイパン
【戦争 その他小説】

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第十八話 崩壊へ-3

「正面、敵だ! 散れ!」
 大井の叫び声に反応して、隊員たちは各個に近くの木々や岩の背に素早く隠れた。彼らのいた場所を、いくつもの銃弾が通り抜ける。
 大井に返答するために振り返った北沢は気づかなかったが、大井の目には、前方に動く米兵の姿が木々の間からほんの少しだけ見えた。間一髪だった。
「なんで正面から来るんだよ!」
 北沢は岩を盾に、反撃の射撃を始める。
 機関銃は先ほどの衝撃で最後の銃身が曲がってしまってもう使えない。大井は、持っていた機関銃の本体をその場にほうり捨てた。これでもう支援火器は無くなってしまった。
「これは先回りされてます! どうなさいますか!?」
 さすがの大井も、自隊の不利を悟ってか少し上ずった声で指示を乞うた。
 彼らは、後方の陣地に向かって移動中だった。それが、正面からの攻撃にあった。要するに、敵に行く手を阻まれたということだ。
 米兵の数は、二十名ほどいる。あちらの方が火力も兵力も優勢だ。だが、やるしかない!
「突破するしかねぇだろ。大井、腰据えろよ」
 北沢は隣の木の背にいる大井に銃剣を見せた。大井は意図を理解して、小銃に着剣した。
 ここで防戦を続けても、いずれは力尽きて押しつぶされる。さらに、後ろからも敵は迫ってきているので、最悪の場合は前後で挟撃される危険さえある。そうなれば一人残らず全滅だ。
「全員、着剣!」
 北沢の指示に、大井以外の隊員たちは恐怖に顔を青ざめながら、小銃に銃剣を装着した。
 怖いのは当たり前である。自らに向かって銃弾が飛んでくる中を、身を隠さず捨て身で突撃するのだ。並大抵の勇気では足りない、それでも己を奮い立たせて行くしか生きる道はない。
「おら、橋本! ビビッてないでさっさと付けろ!」
 北沢は、着剣に手間取っている一等兵の一人を叱咤した。一等兵は、はい! と声を震わせて、こちらも震える手でたどたどしく着剣を完了した。
「銃剣突撃は久しぶりですね」
「中国以来だな。腕が鳴るよな」
 大井の軽口に、北沢も続く。中国戦線では銃剣突撃などは日常茶飯事だったので、彼らは慣れきっていた。
 北沢は自分たちと敵との距離を目測で測った。大体、五十メートル位だろうか。二百メートルも全速力で駆け抜ければ、なんとか安全圏へ抜けることができるだろうか。
「二百メートル全速力で走り抜け! いいか、俺が死んでも、隣の奴が倒れても、立ち止まらずに突き進め!」
北沢は、隊員一人ひとりの顔を確認しながら、激を飛ばす。
「一斉射のあと、雄叫び上げて敵に突っ込め! ここを突破するぞ!」
「おおー!」
 大井が元気よく北沢の激に応える。血の気の引いた顔をしている他の隊員たちも、それに吊られて続く。
「もっと、声出せ! 奮い立たせろ!」、
「お、おおおおぉ-!!」
 手ごたえを感じた北沢は、小銃を構える。その先には、銃剣が鈍く輝く。
「全員、小銃構えろ、一斉射!!」
 全員が小銃を発射する。十数人ぽっちだったが、それでも一斉に射撃すると効果はあるものである。敵の米兵たちのほとんどが、堪らず身を屈めた。
 その様を見てニヤリと笑う北沢、空気を肺一杯に吸い込んでから、大声と共に吐き出した。
「全員突撃! 突っ込めぇーっ!!」
 右手を勢いよく振り下ろしてから、北沢は岩陰を飛び出した。
「うおおおおおお!!」
「おおおおぉぉぉ!!」
「おおおおおぉぉ!!」
 隊員たちがそれぞれに雄叫びを上げながら、茂みから飛び出して北沢の背を追う。
 いち早く敵軍に斬り込んだ北沢は、驚愕に目を見開いている敵兵の一人を突き殺して突破に成功した。しかし、五名が突撃に失敗して銃弾に倒れてしまった。そして、その中には大井上等兵が含まれていた。彼は飛び出した瞬間、不運にも銃弾が鉄兜を貫通して倒れた。即死だった。
「もっと、下がるぞ」
 唯一無二の戦友を無くし、肩を落とした北沢は静かに言った。さらに数を減らした北沢の部隊は、後方へと足を速めてジャングルの茂みに消えていった。


 ヒナシス山は米軍の攻勢の前に陥落した。
 日本軍は島最高峰のタッポーチョ山一帯に防衛戦を再構築し、全体の立て直しを図る。ヒナシス山を追われた残存部隊はこれに加わり、再び死線を越えて戦うことになる。


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