鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 1.-15
「こんなこと言うたら怒られるかもしれないですけど、きっと、ユリさん騙されてます。だいたい……」
「ちがうよ」
友梨乃はコトリと音を立ててカップを置いた。「藤井くん、カン違いしてる」
「カン違いやないです。騙されてますって」
「そこじゃない」
友梨乃は肩が動くくらい大きく息を吸って吐き出すと、少し唇を震えさせながら言った。「店長じゃない」
それからテーブルの上に肘をついて、両手を組んで握ったその合わせ目に額を押し付けて、友梨乃は静かに続けた。
「もう一人、いるじゃん。藤井くんが知ってるお店の人。……社員でね」
「……は?」
「……いるじゃん……」
我慢していたのだろう、友梨乃が瞳を閉じると片側の瞼から涙が頬を伝って落ちた。好きな相手が店の関係者である、と先ほど知らされた時以上に陽太郎は混乱した。だが陽太郎が知っている、茅場町店の社員はもう一人しかいなかった。今こうやってファミレスで友梨乃と話す手助けをしてくれた。
「どういうこと、……ですか?」
「……そういうこと、ってしか言いようがないよ」
認めたくないが友梨乃の部屋で拒まれたことと、今教えてもらったことに合点がいく。何に対して脈拍が上がっているのかわからないが、鼓動が高鳴った。
「……性同一性……」
「ちがう」陽太郎の呟きを友梨乃が妨げた。「私、自分は女だと思ってるよ」
「じゃ、……智恵さんが? え、てか、……智恵さん、彼氏……」
友梨乃は陽太郎から目を背けると、ガラスに映っている自分の姿を見ながら言った。
「智恵も自分は女だと思ってる。……でも智恵は男の人ともできるんだって。でも……、……私はできない」
再び陽太郎に視線を戻すと、
「……できなかった、よね? そういうこと、なんだ。気持ち悪いでしょ、私? そう言ってくれていいよ」
友梨乃は途中涙声で濁らせながら言うと、レシートを持ち、ボックスシートから抜けだして陽太郎を残して帰っていった。