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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵
【フェチ/マニア 官能小説】

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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 1.-14

「別れなくていい……。付き合えないから」
「……そんなに好きです?」
「……」
 携帯をテーブルの上に置いたまま、陽太郎はソファシートに凭れかかった。
「好きな人のこと、教えてください。……その人のこと知ったら、……ユリさんがその人のことどんだけ好きか知ったら、諦められるかもしれません」
 友梨乃はまた毛先を弄り始めた。神妙な顔でずっと考えている。その間、陽太郎は笑みを消して真摯な顔で友梨乃を見ていた。
「……いいよ、教えてあげる」
 やがて友梨乃は決心したように息をつくと静かに言った。「何言えばいい?」
「……どんな人ですか?」
 友梨乃は困った笑いを浮かべて、
「そんなの、急に言われても」
 と言った。
「ナニモンですか?」
「なにもん……?」
「ユリさんとどういう風に知り合ったんすか?」
 友梨乃を彼女にしたいという気持ちは収まらない。友梨乃の好きな相手の人物像を明らかにしたら、諦められると言ったが、正直、それでも友梨乃をこちらに振り向かせたくなるだろうと思っていた。焦りはない。友梨乃はその人と付き合っているわけではない。人の女に手を出しているわけではないのだから、懸命に口説き落とそうとしても、友梨乃以外の誰に文句を言われるわけでもない。
「どういう風って……、ふつうに」
「ユリさんって説明ヘタですね」陽太郎は笑った。「バイトの時とえらいちがいや」
「……じゃ、敬語に戻していい?」
「やめときましょ。……ほら、あるやないですか、学校の同級生とか、合コンとか」
「……」友梨乃はつぶやくように、「仕事で」
 と言った。
 思ってたよりもめっちゃ近い。
 腹を括っていたつもりが、友梨乃の言葉に陽太郎は心が乱れ始めた。まだバイトを初めて二日目、今日も店のスタッフは初日と同じだったが、当然他にもバイトはいるし、社員もいるだろう。そもそもチェーン店なのだから、他の店舗にも関係者はいる。そうだ、友梨乃は研修の指導担当として品川に来ていたではないか。店舗だけではなく事業所にも知り合いはいるだろう。だが、昔なじみや友達の紹介など陽太郎と全く関係ない相手ではなく、仕事関係とあればその人物に直接まみえる機会もあるかもしれない。その時にもたらされるであろう妬みへの想像だけが先行して心を少し刺してきたのだ。
「仕事って……、店の関係者の人ですか?」
「……そう」
「なんでそんなに好きなんですか?」
「なんで……?」
「だって、振り向いてくれないんですよね?」
 友梨乃は少し唇を噛んで考えた後、
「少し……、振り向いてくれたりする」
 と言った。友梨乃の相手を聞き出して冷静に対応していくつもりだった陽太郎だったが、心の乱れは焦燥に収斂していった。その相手が友梨乃の想いに応えないくせに、少しその気があるように見せている様が思い起こされて強い憤りが湧き起こってる。
「そんな、最低ですやん、そいつ。付き合う気ないくせに」
「……藤井くん」
 友梨乃は顔を上げて陽太郎を見た。意を決したその表情は、少し怒りを含んでいるようにも見えた。「私、その人と関係持ってるよ」
「……」
 文字通り絶句した。言葉が出てこない。友梨乃の言った意味を理解することを懸命に頭が拒否したが、無情にも理性は友梨乃の言っている意味を、その意図どおりに解釈してしまう。
「言ってる意味……」
「わかりますよ」
 陽太郎は額を抑えて擦った。眩暈がする。あの麗しい友梨乃を自由にしている者がいる。友梨乃の想いに応えることなく、セックスフレンドとして体だけを貪っている輩がいる。「……やっぱりそいつ、最低ですやん」
「それ以上言わないで。悲しくなる。また、泣くよ?」
 ふう、と息をついて友梨乃が言った。友梨乃を泣かせたくない気持ちと泣かせてやりたい気持ちが同居している。もういい。ここまで心を乱されたのなら、何もかも聞いてしまいたい。
「誰なんすか?」
 どこの誰かと知れない某かに激しい嫉妬を催すよりも、具体的な人物像が見えたほうがいい、たとえ陽太郎の知らない仕事の関係者の誰かだとしても、見つけて嫉妬の眼差しを向けてやる。逆恨みでも何でもいい……。
「店の人だよ。……藤井くんも知ってる」
 その言葉に陽太郎の思考が止まった。
「え?」
「だから、そのまんま」
 店長だった。ルックスの良いスタッフを集めているコーヒー・チェーンだから見た目はそれなりにいい。三十代半ばくらいだろうがヤサ男で童顔だから若く見える。しかも店長を張るくらいだから評価もいいのだろう。いつもあくせく働き、店の運営に真剣だ。そんな姿に惹かれたのだろうか? あんな人の良さそうな人柄を見せているくせに、埼玉のマイホームで大事な家族がいるくせに、友梨乃と通じてやがる。
「……不倫、ですか」陽太郎はテーブルの上に置いていた手を強く握った。その拳であの偽りの笑顔を向けている店長を殴りつけてやりたかった。「未来ないじゃないですか、そんなの。店長が何て言うてるか知りませんけど、家まで買って、奥さんと別れるなんて絶対ないと思います」
 陽太郎は真摯な目でまっすぐ見た。自分ならそんな辛い思いをさせない。胸を張って紹介できる彼氏になれるのに。友梨乃はしばらく黙っていたが、カップを手にとって冷め始めた紅茶を飲んだ。


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