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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵
【フェチ/マニア 官能小説】

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鎖に繋いだ錠前、それを外す鍵 1.-13

 鼻から小さく息をついてカップを下ろすと、それと陽太郎を交互に見て、襟元にかかる明るい髪の毛先を指先で弄りながら友梨乃はしばらく黙った。
「ユリ、さん」
 長い沈黙は嫌いだ。用件にはまだこの先があるのだ。
「……、今日会ったとき、もう忘れてくれてるもんだと思ってたのに……」
 消え入りそうな小さな声で、陽太郎に言ったのか独りごちたのかわからない。
「忘れるなんて無理ですよ、さすがに」
「……忘れてください」
 友梨乃は顔を上げて陽太郎を見た。美しく愛おしい貌だったが、睫毛と瞳が小刻みに震えている。
「敬語はやめてください」
「……そんなこと、言うからです」
「やめてください」
「……謝るのは、私の方です。……ごめんなさい、本当に」
 瞬きをしたら早晩涙が落ちていきそうな様子だ。
「そんなすぐ泣かんといてください」
「ごめんなさい……」
 一昨日のことを謝ったのか、泣きそうになってるのを謝っているのかわからない。おそらく両方だ。
「別に謝ってほしいわけやないんです」
「ヒドいことしたから、当然だと思います……」
「ヒドいこと?」
 陽太郎は努めて笑ってみせた。「確かにそうかも」
「ほらぁ……」
 ファミレスで号泣するのは憚られたらしい、友梨乃は急いでバッグからハンカチを取り出すと、テーブルの上に両肘を付いて目頭に押し当てた。端から見たら相当面倒臭い女なんやろな。陽太郎は友梨乃を見ながら、今の状況を俯瞰しているかのような妙に端然とした気持ちだった。腹が座っていた。ここまで来たら引き返せない。
「ユリさん」
「もうやめて。謝るから……」
「ちゃいます。こっち見てください」
 陽太郎は友梨乃を待った。鼻をすすっていた友梨乃は、それ以上何も言ってこない時間が続いて、恐る恐るハンカチを鼻口に降ろしていって、真っ赤になった瞳で陽太郎を見た。
「好きになりました。……めちゃくちゃ。彼女になってください」
 隣のテーブルに聞こえたかもしれなかったが構わなかった。そう言っている自分の胸が透いていく。伝えられずに悶々としているよりも、言ってしまったほうが余程爽快だ。
「……ごめんなさい」
「無理、ってことです?」
 友梨乃はハンカチの上から出していた瞳を閉じた。頷いたわけではなかったが、そうだ、と言っているのだ。ショックはない。そうだろうと思っていた。
「好きな人、じゃないからですか?」
「……」
「俺のことイヤですか?」
「……」
「ユリ、さん」
「……そんな、ぽんぽん話してこないで。頭まわらないから」
 眉間にシワを寄せて睨まれた。胸が甘く疼く。混乱や悲嘆に苛まれている友梨乃には済まなかったが、その表情が愛しくて、嬉しさを隠さず、
「とりあえず、敬語やめさせることには成功しました」
 と笑った。
「なに、それ」
 陽太郎の笑顔に釣られた友梨乃は、目を潤ませたまま拗ねて笑んだ瞳で軽く睨んだ。陽太郎はまだ口をつけていなかった紅茶を一口啜った。熱さが喉を通っていく感覚が妙に心地よかった。
「……すごい好きなんですか? その人のこと」
「そんなの言わない……、会ってすぐの藤井くんに」
「そうや、って言うてんのとおんなじやないですか」
 陽太郎は笑って、「惚れさせた責任とって、教えてくださいよ」
「なんで、そんなの言わなきゃいけないのよ。……か、勝手に、す、好きになられて、そんなこと言わされるの?」
「だって、しゃーないですやん。ものすごい好きになったんです。ユリさんのこと。昨日も今日もずーっと考えてました」
 後から思い出したら、ものすごく恥ずかしくなることをスラスラと言っていた。
「そんなに?」
「はい。……あ、今ちょっとクラッときました?」
「ならない」
 ハンカチでまだ口元を抑えていて瞳だけしか見えなかったが、友梨乃はふきだしてしまったのがわかった。もう鼻を啜ってはいない。泣き止んでいた。「だいたい、彼女いるのに、そんなこと言うなんて」
「だから、しゃーないですやん。彼女より好きになったんですもん」
「軽い」
「軽くないです。だいたい彼女いるのに好きになるってめっちゃ重ないっすか?」
「……言うにしても、彼女と別れてからにするんじゃない? 普通」
「ほやから、ユリさんのことばっかり考えてたから、忘れてました」陽太郎はポケットから携帯を取り出して、「ほんじゃ、今彼女に言いましょか?」
「する気無いクセに……」
「言いましたね?」
 陽太郎はわざわざ携帯をテーブルの上に置いて、友梨乃にも画面が見えるようにした上でアドレス帳の『美夕』の発信ボタンに指を向けた。
「あ、ちょっ……、いいっ」
 友梨乃はハンカチを顔から離し、陽太郎の手を抑えていた。咄嗟のことにハッとなって慌てて手を引っ込める。陽太郎は友梨乃の手に触れた嬉しさに全身を疼かせながら、やっぱりこの人って天然でこういうことやってんな、と思った。
「……いいって」
 両手を膝の上に置いて少し背を伸ばしながら俯いて、時折上目に陽太郎を見やる。なんちゅー顔すんねん、と思いながら、
「彼女とちゃんと別れたら付き合ってくれます?」
 ともう一度アタックした。何度でも挑みたい。


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