上司と部下-8
やがて練習が終わり入場を待つ。そして両チームのチャントが始まる。まわりに合わせてタオルを掲げ、そして振り回す。スタジアムが一体となりブンブン回るタオル。
「いいですね〜、こういうの!」
「ああ、この一体感はテレビでは伝わってこねーぜ!」
「はい!(ハハハ…)」
すっかり生観戦にはまってしまった海斗が可愛らしく思える。周りのボルテージに合わせテンションが上がりまくった後、試合がはじまった。
「イケー!そうだ!あ〜、惜しい!」
すっかり夢中になっている海斗。しかし幸代はプレーする選手達と湧き上がる観客を見て何かを考えていた。大人しい幸代に声をかけた。
「どうさした??」
幸代はゆっくりとした口調で言葉を並べ始めた。
「私、どうしてみんな同じユニフォームを着て試合を観にいくんだろうってずっと不思議に思ってました。みんな同じ格好になるし、個性がないって。でも、大好きなチームの、大好きな選手と同じユニフォームを着てスタジアムに来て一体になり声を枯らして応援してるみんなを見て、ようやく気持ちが分かったような気がします。和馬君が私がユニフォームを手配し忘れて怒ってるって聞いた時、別に他のユニフォームでもいいじゃんって思ったんです。別に着なくてもスタジアムに行って楽しめるんだからとも考えました。でもそれは間違ってるって今、ようやく分かりました。私は真島アントルーズが大好きな和馬君の気持ちを全く理解できていなかった。私は和馬君…、いえ、ここにいるサポーターの気持ちが全く分かっていませんでした。もし今日、このユニフォームを着ないで試合観てたらきっと分からなかったと思います。私にとってはたかが一つの商品であるユニフォームだったけど、彼らにとっては違う。喜び、希望、歓喜、魂…、それらが全部詰まったものなんですね。私は愚かでした。浅はかでした。もし今、あの時に戻れたなら私は絶対にもう過ちは犯しません。絶対…。」
そう言った幸代は物凄くいい表情をしていた。海斗も静かに幸代の話を最後まで聞いていた。
「いい顔してるぞ、幸代。」
肩をポンと叩きニコッと笑うと、再び大声で叫び試合に燃え始めた。いつの間にか幸代も大声で応援していた。
(もしかして今日観戦に連れてきたのも…。それは考えすぎか…。)
そう思った瞬間にゴールが決まり思わず立ち上がり抱きあって喜ぶ2人の姿がテレビ画面に大きく映ったのであった。