想いの詰め合わせ-4
「そう言えばさ」
うららは上機嫌で目を輝かせた。
「二人のファーストキスって、いつだったの? やっぱりあの時? あたしが手紙を渡した」
冬樹は赤くなって小さく頷いた。「そう。僕、もう死んでもいい、って思ったよ、あの時」
「そんなに?」
「まじかよ」勇輔は横目で冬樹を見た。
「一瞬気が遠くなってた。ほんとさ」
「ごちそうさま」うららが言った。
「僕が初めて勇輔と会話してから、18日目だったよ」
「おまえ、そんなの数えてんのか?」
「ちゃんと印、つけてるから」冬樹は手帳を持ち上げた。
「へえ!」うららは目を丸くした。「それ、日記も兼ねてるんだね」
勇輔ははっとして冬樹の顔を見た。「じゃ、じゃあ、おまえ、その日の出来事なんかも、それに書いてんのかよ」
「うん。だいたいね」
「お、俺んちに泊まりに来た時のことも、書いてあんのか?」勇輔は赤面して早口で言った。
「内緒」
「うわあ、見たい見たい! 何て書いてあるの?」
「よこせっ!」勇輔は手帳を冬樹の手からもぎ取った。「俺が管理するっ」
「あははは、冗談だよ、兄貴。見ない見ない。安心して」
勇輔は手帳を冬樹に返すと、妹に目を向け直した。「ところで、ここに何か用事だったのか? うらら」
「そうそう、今日発売の新製品を見せてくれるんだって、ケニーさんが」
「新製品? シンチョコの?」
「そ」
うららはふんふんと小さく鼻歌を歌いながらおしぼりで指先を丁寧に拭いた。
しばらくして、ケネスがトレイに3つのカップとチョコレートの箱を乗せてテーブルにやって来た。
「おっちゃん」勇輔が笑顔を向けた。
「こんにちは、ケニーさん」冬樹も小さく頭を下げた。
「おまえらに最初に食わしたる」
そう言ってケネスは持ってきた箱を勇輔と冬樹の目の前に置いた。
「パッケージデザインは春菜さんやで」
「こ、これも姉ちゃん……」
そのパッケージは全体が黒の半光沢で、箱の上面にピアノの鍵盤の写真が大きくプリントされた『Lover's Melody』という製品だった。
「ピアノだ……」冬樹はそれを見下ろして呟いた。
勇輔が箱を手に取った。「これが新製品っすか?」
「新製品、っちゅうか、元々うちで出しとった商品の詰め合わせ、とも言えるわな。開けてみ」
勇輔はプラスチックの包装をはがし、片側に開く蓋を開けた。「これもピアノの蓋みてえだ」
中には鍵盤と同じ並びに細長いダークチョコレートとホワイトチョコレートが並んでいた。
「おお! これもピアノの鍵盤」勇輔が軽く仰け反って言った。
ケネスはにやにや笑いながら言った。「白いのんは『ハイミルク・ホワイトチョコ』、ほんで黒鍵の部分は『ハイカカオ・ビターチョコ』や」
勇輔と冬樹は顔を見合わせた。
「すごい!」うららが腰を浮かせた。「兄貴の好物と冬樹の好きなチョコの詰め合わせ」
「どや。おまえら見とって思いついたんや」
「素敵!」うららは過剰にはしゃいだ。
勇輔と冬樹はそろって頬を赤らめていた。
「ま、ゆっくりしていき。そのチョコはおまえらにプレゼントしたる」
ケネスはウィンクしてすたすたとテーブルを離れていった。
見つめ合っていた勇輔と冬樹は、どちらからともなくテーブルの下で指を絡めて手を握り合った。
「いただきまーす」うららはそれに気づかないふりをして、紅茶のカップを口に運んだ。「おいしー」
「ん?」勇輔が鼻を鳴らした。「おい、うらら」
「なに?」うららは手を止めて勇輔を見た。
「ちょっとその紅茶、よこせ」
「な、なによ、飲ませないからね」
「そんなんじゃねえよ、その香りだ」
「香り?」
うららはカップをソーサーに戻して、テーブルの真ん中ほどに移動させた。勇輔はそれを引き寄せて、鼻を近づけた。
「おお! 冬樹の匂い!」
「えっ?」その様子を目で追っていた冬樹がびっくりしたように声を上げた。
勇輔は冬樹に顔を向け、息を弾ませた。「これだよこれ、おまえの匂い」
「冬樹の匂い?」うららはいぶかしげに眉間に皺を寄せて低い声で言った。
「そうだ。冬樹の体臭だよ。愛用のタオルからもこの匂いがしてた」
「へえ」うららは感心したように言った。「冬樹ってこんないい匂いがするんだね。気づかなかった」
「何つった? この紅茶」勇輔がカップをうららの前に戻しながら訊いた。
「『アプリコット・ティー』。あたしのお気に入りのフレーバー・ティーだよ」
「なんだよアプリコットって」
「アンズだよ。うちにもあるじゃん、アプリコットのお酒」
「そうだったっけか」
うららはその紅茶を口に運んだ。「これ、勇輔兄貴のお気に入りにもなりそうだね」