仕置人優子、陽子の部屋に潜入す-2
スマートフォンと愛用のバッグ。
拉致騒ぎの日、優子をトレースするために細工された事を、迂闊にも今思い出した。
優子の行動は陽子に全部筒抜けだったのだ。陽子は発信器とスマートフォンのGPS機能で、優子の到着を知っていた。エントランスとエレベーターの防犯カメラを見ながら誘導し、それに気付かない間抜けな自分を笑っていたのだ。くノ一気分に浸っていた自分が、今はとても恥ずかしい。ワナワナと震えた優子は、それも怒りに変えた。
優子が怒りのまま勢いよく扉を開け、ヒールを脱ぐのももどかしく、廊下を走った。
「陽子おおお」
憤怒の表情で怒鳴りながら、リビングの扉をバーンと開けた。
「てめえ!許さ…ねぇ…ぞ…」
しかし、リビングの様子が目に入った瞬間、その怒鳴り声は尻すぼみになった。
「いらっしゃい。そんなに怒鳴ってどうしたんですか?」
「はは、優子ちゃんはいつも元気がいいね」
「せ、星司さん!それに手島さんも!」
部屋の中には驚いた顔の星司と、ニヤニヤと笑う手島が居た。
「一体どうして?それよりも陽子…さんは、どこに行ったの?」
優子は言い難そうに『陽子』に『さん』を付けた。
「陽子だったら、さっきから自分の寝室に籠ってますよ」
「そうそう、さっきまでここでノートパソコンを見てたんだけど、いきなり『きたきたー』って言って。凄く楽しそうだったよ」
何が『きたきたー』なのかの想像は付く。優子は陽子の寝室に続く扉を睨んだ。
「で、せい…、マスター達はどうしてここに?」
手島が居るので星司の名を『公』の呼び名に切り替えた。
「優子ちゃんと同じです。私達も陽子に呼び出されたんですよ」
「えっ?あたし、呼ばれてませんけど」
そんな事は初耳の優子は驚いた。そんな優子の様子を見て、手島が何かを思いついたのか、突然吹き出した。
「ぷぷぷっ、昨日のアレは優子ちゃんに対する呼び出しだったのか。ははは、確かにアレをみたら優子ちゃんは来るよな。うんうん、確実。ははは」
手島は一人で納得して何度も頷きながら笑った。手島が何に対して笑ってるのかは、優子は直ぐにわかった。
「ア、アレが呼び出し…。アレが…」
優子は怒りを通り越して呆れかえり、言葉が続かなかった。
「ははは、多分そうだよ。陽子さんに『呼んだ?』って聞いてみて、ははは」
2人の様子を見ていた星司は、とりあえず、優子に問題解決のための提案をした。
「何かわかりませんが、優子ちゃん、悪いですけど、陽子を呼んできてくれませんか」
普段【痴漢専用車両】のサイトから距離を置く星司には、アレが何の事かはわからない。しかし、優子の身に掛る危難も感じ取れないし、優子の様子で陽子がまた『可愛がった』のだろうと、能力を使うまでもなく想像が付いた。
いつものことなので、星司は優子が納得するように、優子自身に陽子を呼びに行く事を頼んだ。
それと優子に頼んだのには、もう一つ理由があった。星司は姉の淫わいな雰囲気が充満する部屋は苦手なのだ。特に自分を思い浮かべながら、自慰行為をしていた意識の残滓に触れるのは、血を分けた弟としては堪らなかった。