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サイパン
【戦争 その他小説】

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第十三話 敵軍上陸前夜-2

「飛行場、穴だらけですね」
 夜半、嫌がらせの砲撃の続く中、今野伍長は自慢の狙撃銃を整備しながらぼそっと喋った。
「だが、あれを敵に渡せばすぐに直されて使われちまう」
 隣で同じく小銃を磨きながら彼の分隊長の軍曹が返答した。
 アメリカの持つ工業力は恐るべきものだった。ガダルカナル島では、日本兵が徒歩で道なきジャングルを踏破しようとした一方で、アメリカ兵たちはブルドーザーで木々を押し倒し、ジャングルに道を切り開いていた。こんな穴ぼこの飛行場でさえ、1日もあれば応急措置程度には修復してしまうことが十二分に考えられた。敵に飛行場を奪取され、ましてや利用されることは何としても防がねばならなかった。
「なぁに、敵は海岸でほとんどやられるだろうから、実際俺たちが戦うのはそんなにないんじゃないか」
 軍曹は根拠のない楽観論を語った。
「だといいんですがね」
 今野は話半分という風に流した。実戦はそんなに甘くないことを今野は身をもって知っていたからだ。
「そう流すなよ。元気が出ると思ったんだよ」
 軍曹は笑いながら今野の背中を叩いた。どうやら元気づけようとワザと楽観論を口にしたらしい。
「お前みたいな問題児は根性を叩き直してやろうと最初の頃は思ってたんだがな」
 軍曹は肩をすくめて語る。
「俺はお前の狙撃を見てから見直したぜ。頼りにしてるぞ、今野」
 小銃の手入れが終わったのか、今度は軍刀を腰から抜いて刀身を手ぬぐいで拭き始めた。
「素直に嬉しいですね。分隊長殿、実戦になっても期待してください」
 今野は整備の手を一旦止めて、自らの右腕をバシッと叩いて恰好を付けて見せた。褒められるとすぐに調子づく種類の人間なのである。
「おお! そうこなくっちゃな!」
 軍曹も鼻息を荒くして、軍等を拭く手に力を込める。今野もよし! と気合を入れなおして狙撃銃の整備を再開した。敵には飛行場の砂粒一つくれてやるものか! と一人、今野は心の中で決意した。


 敵艦隊から死角になった谷間の、少し開けた場所に数台の戦車とトラック、数十名の兵士が集まっていた。明かりは個人携帯の小型発電機を使用している者が数名いる程度で、決して明るいわけではなかったが、活気があるのが伝わってくる。
「やっぱ、補給車があると違うなー!」
 宮中上等兵曹は額の汗を首にかけた手ぬぐいで拭きながら、戦車の燃料タンクの様子を見ている兵士言った。
 宮中の戦車の燃料タンクからはホースが伸び、その先に燃料補給車が停まっている。
「ありがとうございます。そう言って頂けると精が出ます」
 タンクを見ていた、海軍機関科、上等整備兵の階級章を付けた兵士は、嬉々として宮中に向き直った。
 戦車の燃料補給に、燃料補給車が割り当てられることは少ない。補給車はもっぱら航空機の燃料補給に用いられていて、戦車の燃料は搭乗員が自らの手で、ドラム缶から直接ポンプで補給することが大半だった。此度は、空襲と艦砲射撃で航空機が一機残らず破壊されてしまい、飛行場もあの有様なので補給車の出番が無くなってしまい、特別に戦車の燃料補給に回されたのである。
「よし。満タンですよ」
 一等整備兵が燃料タンクを確認して宮中に報告する。
「助かった。ありがとう」
 燃料タンクからホースを抜き取った一等整備兵は軽く敬礼をして、別の車両の燃料補給へ走って行った。
「どうだ。状態は?」
 燃料補給が終わった自分の戦車に宮中は駆け寄り、車両の下部へ声を掛けた。
「ふぅー。問題ありません。良好です」
 車両下部から、操縦手の椎名上等兵が工具箱を抱えて這い出てきた。
「うむ」
 宮中は満足そうに頷くと、今度は戦車によじ登って上部ハッチを覗き、中にいる兵士にも状態を聞いた。
「中は異常ないか?」
「はい。内部は異常ありません」
 機銃手を務める石川一等兵が、車載機銃の状態を確かめながら顔をあげて応えた。
「よし。これで存分に戦えるなぁ」
 宮中はわずかに見える海面を見つめ、ニヤリと笑って舌なめずりをした。


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