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鍵盤に乗せたラブレター
【同性愛♂ 官能小説】

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本心-9



――その夜
 冬樹は机に向かって神妙な顔をしていた。
 明智勇輔様――
 便せんにそう書き始めた冬樹は、緊張したように瞬きを繰り返しながら、その手紙を書き綴った。

『突然のことでびっくりするかも知れません。でも、もうこの気持ちが押さえきれないので、手紙を書く決心をしました。正直に言います。僕は勇輔先輩が好きです。貴男を見ていると身体が熱くなります。この夏休みに僕が音楽室でピアノを弾かせてもらっていたのは、実はプールにいる勇輔先輩の姿を見るための口実でした。』
 冬樹は一度ペンを止め、大きなため息をついて、ごくりと唾を飲み込んだ。
『軽蔑されるかも知れません、男が男を好きになるなんて気持ち悪い、と避けられるかも知れません。でも僕はどうしても先輩に伝えたかったんです。だから、お願いが一つあります。僕の想いを知ってくれたことを僕に知らせて欲しいんです。先輩がいつも使っているグリーンのタオルを、音楽室から見えるように、窓の手すりに掛けて下さい。できればこの手紙を読んでから三日以内に……。先輩も僕に好意を寄せてくれるなんて思っていません。でも、この想いを確実に伝えたいんです。わがまま言ってすみません。先輩がこの手紙を読んでくれたということだけで、僕は諦められます。だから――』
 冬樹は、何度も自分の書いた文面を読み返した。そして、震える手でそれを折り、白い封筒に入れて口をのり付けした。

――同夜

 『酒商あけち』。
 夜、宿題をしている勇輔の部屋をうららは訪ねた。
「まあた邪魔しにきやがった……」
 勇輔は鬱陶しそうに言った。
「そんな言い方ないでしょ。ほら、兄貴の好きなノンアル・ビール持ってきてやったから」
 うららはそう言いながら勇輔に冷えて露を打ったその缶を差し出した。
「そうこなくっちゃな」
 缶を受け取ると、勇輔はすぐにプルタブを起こし、口に運んだ。

「勇輔兄貴はなんで付き合ってた彼女と別れたの?」
勇輔は口の中のモノを思わず噴き出しそうになって、慌ててごくりと飲み込んだ。「な、なんだよいきなり」
「っていうか、なんで付き合い始めたの?」
「そ、そりゃおまえ、あっちからコクってきたんだよ」
「兄貴もてるからね」うららは悪戯っぽく笑った。
「デートも何度かしたんでしょ?」
「ああ」
「キスとかエッチとかは?」
 勇輔は真っ赤になり、目を丸くして妹を見た。
「お、おまえ、よくそんなことさらっと聞けんな」
「興味ある年頃だからね。で、どうなの?」
「キ、キスまではいった……」
「じゃあ、その先まではいかなかったんだね。なんで?」
 勇輔は缶を両手で握りしめて、しばらく何かを考えていた。
 うららは持っていたアップルジュースの缶を口に運んだ。
「なんか……、違う気がしたんだ」
「違う?」
「ああ。この女子は、俺が付き合うべきじゃない人っていうか……」
「何それ。ずいぶん深刻に考えてるじゃん」
「直感でな。理由なんかわからねえ」
「ふうん……」
 うららはまたジュースを一口飲んだ。
 勇輔もノンアル・ビールを同じように一口だけ飲んで、言った。「自分の気持ちに嘘をついてまで付き合ってちゃだめだろ。やっぱり」
「……そうだね」
「難しいよな、つきあいって」勇輔は独り言のように言った。
「兄貴から別れよう、って言ったの?」
 勇輔はぽつりと言った。「言った。彼女、泣いてた」
「好きだったんだね、兄貴のことが」
「めちゃめちゃ申し訳ねえ、って思った。そん時、最後にキスして、って言われたけど、」勇輔はゴクリと唾を飲み込んだ。「できなかった……」
 うららは勇輔の肩に手を置いた。「兄貴がそんな切ない気持ちになってただけでも幸せだったんじゃない? その彼女も」
「……」
「軽く平気で捨てられるよりずっとましだと思うよ」
「そうだな……」


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